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あなたの住んでいる場所の近くにあるパブリックアート

/第1回共同リサーチ:あなたの住んでいる場所の近くにあるパブリックアートVol.1

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高橋幸世 バンクーバー、カナダ
day
2008-03-31
 

<はじめに-共同リサーチについて>

 レアリゼはさまざまな場所と人とをダイレクトにつなぐメディアです。現在レアリゼにライターやカメラマンなどとして参加しているメンバーたちも、日本国内だけではなく、世界各地に散らばっています。さまざまな場所に暮らす人々の日常感覚とつながるレアリゼ。このメディアの特性を生かし、あちこちに散らばる人たちが共通のテーマのもと、身の回りの人へのヒアリングや、フィールドでの情報収集などを通して調査に参加する「共同リサーチ」が新しく開始されることになりました。

 今回、この「共同リサーチ」の実験的第一弾として、レアリゼに現在登録しているメンバーを対象に「あなたの住んでいる場所の近くにあるパブリックアート」というテーマで参加を呼びかけました。その結果、日本、アメリカ、カナダに在住するメンバー8名から調査レポートが寄せられました。リサーチのテーマ設定やヒアリングの方法など、改善すべき点もたくさん見えて来た今回の実験リサーチでしたが、この共同リサーチ報告ではメンバーから寄せられた調査レポートから浮かび上がってきたいくつかの視点に沿って、パブリックアートと人々との関係を覗いてみることにしたいと思います。

リサーチのテーマ「あなたの住んでいる場所の近くにあるパブリックアート」

 2007年6月に筆者がメンバーに発信した「共同リサーチ」のテーマは次の通りです。

「あなたの住んでいる場所の近くにあるパブリックアート」

 公園に突然出現した巨大彫刻や、通勤途中で見かける路上の一角に設置されたアートオブジェ。住民の意思とは何の関係もなく、ある日突然現れたモニュメント。「これってアート?」と首をひねるような公共の場の謎の物体。市民の身近な生活の中にアートを取り込もうとするこうした「パブリックアート」の試みはあちこちで見られます。設置者の意図とはうらはらに、無視されたり、時には町の景観を損ねるものとして邪魔者扱いされていたりすることもあるかも知れません。また、アートであるかないかはともあれ、待ち合わせ場所の目印として使われたり、コミュニティーの新しいモニュメントになったり、観光の新名所になったりしている場合もあるかも知れません。あるいは、パブリックアートの作品自体が優れたものであって、そこに集まる人たちの関係や、あり方、人と場所との関係を新たに生み出しているような例もあるかもしれません。

*あなたの住んでいる場所の周りに、パブリックアートはありますか。
*そのパブリックアートと人々との関係はどんなものでしょうか。
*体験、観察レポートを、ぜひ写真と一緒に送って下さい。
*事例は一人何件でも構いません。
*自分自身の体験からのレポートでもよいですし、周囲の人へのインタビューや、フィールド観察など、形式は自由ですが、なるべく客観性が出るように工夫してください。

 このリサーチでは、(世界)各地に点在するパブリックアートの具体例、実際にその近くに住んでいる人たちの日常感覚での意見・感想を集めることによってパブリックアートと人々との関係を浮かび上がらせることを目的とします。もちろんこれは網羅的なリサーチではありません。様々な場所の様々な事例から、パブリックアートのあり方についてのディスカッションのきっかけになるような情報を提供することを目的とします。



<意識の裏側に滑り込む不思議なアート>

 今回、メンバーが送ってくれた調査レポートでは、アメリカはワシントンパークにある噴水付きの銅像から、再開発のビル群とともに東京都心に出現した屋外彫刻群、銀座のビル陰からそっとこちらを覗く小さなキューピット像、更には宇都宮の「餃子の像」まで、設置場所も設置意図も異なるさまざまな「パブリックアート」の様子が報告されました。

[銀座のビル陰から覗くキューピッド像]


 家族や友人、同僚などにヒアリングをした結果や、メンバー本人の日頃感じていることがあれこれ記されている調査レポートは場所柄やアート作品の性格を反映して様々でしたが、実はどのレポートにも共通していた点が一つありました。それは「身近にあるパブリックアートについて聞かせて!」という質問をされた時の多くの人々の反応が「パブリックアート?…そういえば、あそこに何かあったような…」というきわめて頼りないものだったという点です。

 美術館やギャラリーでアート作品を見る時は、そこにあるもの自体がアートという枠組みの中にしっかり収まっていて、見る方もそういう心づもりで観に行きますから、「これがアートだ」「これは誰々の作品だ」などと意識的に見て、そこから何か感じ取ろうとするわけですが、アートという枠組みで必ずしも囲われていない街の中の「パブリックアート」に出会うと、どうやら人は通常アートと出会うのとは別の方法でそれを認識しているらしいのです。

 まずは、東京在住のメンバーの一人が送ってくれた大手町駅の出口そば、東京サンケイビルの前にあるという巨大な鉄骨彫刻の脇でくつろぐ人々の写真を見て下さい。

[アートの横でランチタイム]


 こんなに目立つ巨大なオブジェであるにも関わらず、通行人もその脇のカフェでランチタイムを楽しんでいる人たちも、この物体がまるでそこにないように振る舞っています。ここをよく通りがかる報告者の同僚へのインタビューでも「ああ、そういえば、なんかあったような…」「でも、立ち止まって見たことはない」という程度の反応だったそうです。

パブリックアートの傍らを通りがかる多くの人が、一瞬「あ、これ何だろう?」くらいの印象は持つのだけれど、その印象がほとんど即座に脳の裏側あたりに仕舞い込まれ、次にそこを通過する時には意識の縁のあたりにほのかに上る程度でしかない、という現象がどうやらあちこちで起こっているらしい。大袈裟に言えば「パブリックアート透明化現象」とでも名付けたくなるような、そんな不思議な現象が街の中のパブリックアートと人々との関係の裏に隠れているらしいのです。

そこにあるのに、普段はあまり意識されない。意識しないから考えない。意識せずにさりげなく交わる。意識しないけど気づけばいつもそこにある…。次回はこの「透明化現象」の故に生まれてくるパブリックアートと人々とのさまざまな関係をひとつひとつ具体的に見て行くことにします。


Vol.2 パブリックアートと人々の関係
Vol.3 パブリックアートの使い方
Vol.4 パブリックアートとのもっと楽しい関係

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