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パブリックアートと人々の関係

/第1回共同リサーチ:あなたの住んでいる場所の近くにあるパブリックアートVol.2

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高橋幸世 バンクーバー、カナダ
day
2008-04-02
 

<誰が、なぜ、それを、そこに>

 前回、アートの存在、あるいはその物体自体の存在が人々の意識の外に逃れ出るという現象を「パブリックアート透明化現象」と名付けてみました。要するに、人々がパブリックアートと正面きって向かい合うことはあまりないらしいのです。なんとなく、いつのまにかそこに出現して、風景の一部になっているパブリックアートにちょっと違和感を覚えながらも、それを分析的に捉えてみようとはせず、なんとなくその存在を許容しているという、かなり曖昧な関係が成り立っているらしいのです。

あなたの身近にあるパブリックアートを思い起こしてみて下さい。<誰が、なぜ、それを、そこに>設置したのか、すぐに思い当たりますか。あるいは、もっとストレートに、そのアートの作者名がすぐ思い当たるでしょうか?恐らく多くの方々が首をひねるのではないかと思います。

(写真1)ロイ・リキテンスタイン〝Tokyo Brushstroke Ⅱ”

 新宿アイランドタワー付近の野外彫刻群をレポートしてくれたメンバーは、探偵さながらに情報を求めてアイランドタワーの管理事務所に辿り着き、ようやくパンフレットを入手、そこで初めて「これなんだ?」くらいに思って横を通過していた彫刻が現代アートの巨匠「ロイ・リキテンスタイン」の作品であることを知って驚いたそうです。また、このパンフレットを通して初めて、この地域にある10個の大型パブリックアートは、このビル周辺を再開発した住宅・都市再整備公団によって設置されたと知り、こうした有名作家の彫刻が税金によって購入されているのだろうか、と資金の出所にも興味を持ったそうです。

 パブリックアート設置の資金はどこからやってくるのか。「パブリック=公共」という名前の響きのせいで、これまで漠然とパブリックアートは政府や自治体が設置しているものだとばかり思っていましたが、ちょっと調べてみると、どうもそれだけではないらしい。歴史的に見ると、教会や地方の権力者によって設置されたものや、あるいは都市民が共同で資金を出し合って設置されたものなども含まれていますし、現在では企業がパブリックアートの重要なパトロンの一つだったりもするわけです。

 東京在住のメンバーの一人は職場近く、大手町の「東京サンケイビル」の前にある巨大な野外彫刻のレポートしてくれたのですが、こちらも追跡していくと、どうやら公共の資金で設置されたのではないらしいことが分かりました。規模の大きいビルの建設などでは、敷地内に一般に公開されたオープンスペースを作ることで容積率の割り増しや高さ制限の緩和が受けられるという「公開空地」(こうかいくうち)という制度があり、このアレクサンダー・リーバーマン作の鋼鉄彫刻「イリアッド・ジャパン」が設置された経緯も、どうやらこの公開空地と関係があるらしいとのことでした。

(写真2)オフィスビルと"イリアッド・ジャパン"


 こうした建築基準法の制度は一般にはあまり知られていませんが、そう思って見ると、なるほどそれで<ここ>にアートが設置されているのかと納得のいくケースがこれ以外にも出て来そうです。例えば東京ミッドタウンのようにパブリックアートの設置を再開発地域の一つの目玉にしているような例でも、アートの設置が開発する側にとっていわば「一石二鳥」の妙案であることを知っていると、ビル群の谷間で出会うアート達もちょっといつもと違って見えて来そうです。

 ロサンゼルス在住のメンバーからはロサンゼルス・リトル東京の日米文化会館(JACCC)の前にある石の彫刻のレポートが届きました。こちらも、それまでなんとなく気になる石だな、くらいに思っていたのが、調べてみるこのエリアのパブリックアートを立案・制作しているのが市の機関であるコミュニティ再開発局とリトル東京の芸術家団体であること、更にはこの彫刻が日系アメリカ人作家イサム・ノグチ作の「To the Issei(一世に捧ぐ)」という作品で、戦前・戦中のさまざまな苦難と闘いながら今日の日系人の社会的名声を築いてきた日系人一世への賛辞を込めて、1983年にロサンゼルス市からリトル東京へ寄贈されたものだということがわかったそうです。

(写真3)日系人へのオマージュ"To the Issei"

 この例はパブリックアート作品の<誰が、なぜ、それを、そこに>がその場所の歴史や物語、作家の選定ともうまく結びつき、「モニュメント」として機能している好例であると言えます。ただし、だからといって通り過ぎる人々が必ずしもそのモニュメント性を理解しているわけではありません。この彫刻を背景とした舞台で催し物が行われたり、この彫刻のある広場は近所の敬老ホームのお年寄りの散歩・休憩場所になっていたりするそうですが、このアートの<誰が、なぜ、それを、そこに>を知らずにいる人も多いのではないかという報告でした。

 「透明化」してしまうが故に、パブリックアートでは<誰が、なぜ、それを、そこに>ということが不透明なままでも結構まかり通ってしまうということが多いようです。日々の通勤路や駅前といった毎日市民の目に入るところに、ひょっとしたら市民の税金で作られたのかもしれない謎のアート作品がある日出現する。そのアートの芸術としての価値はともあれ、景観や日常の暮らしに直接入り込んでくるものなのに、いざ調べようと思っても、なかなか情報が見つからない。これはパブリックアートを設置する側の問題点であると同時に、その設置をなんとなく許している私たちの側の問題点であると言えるかもしれません。

(写真4)「のびゆく浜松」

 浜松在住のメンバーは、浜松駅前にある「のびゆく浜松」というパブリックアートをレポートしてくれました。このオブジェのタイトルとはうらはらに、この付近は浜松オートレースに行く人たちがたむろしていたり、ホームレスの住処になっていたりして、一般市民からはむしろ敬遠したい一角になっているという報告でした。これはモニュメンタルなアートが、設置の意図とは全く別のものとなってしまっている例と言えるでしょう。パブリックアート=地域における文化的付加価値という図式は関しては必ずしも成り立たないようです。モニュメントのメッセージ性を周囲の環境整備や再開発といった実際の営みで裏付けていかない限り、住民がそこから受け取るものが全く予想外のものになってしまうという場合もあるのです。

 次回はパブリックアートの「透明化」のもたらす、プラスの要素について考えてみたいと思います。


Vol.1 あなたの住んでいる場所の近くにあるパブリックアート
Vol.3 パブリックアートの使い方
Vol.4 パブリックアートとのもっと楽しい関係

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