reports

LIFE STYLE

back
prev_btnnext_btn
series
title

農村とつながる旅のかたち (フランスから「旅」を考える ①)

leader from from
今成彩子 フランス パリ郊外
day
2010-07-16
 

農村ならではの「もてなし」を見直す

 「アキュイユ・ペイザンは、もともと、『農に従事する人びとが提供する《もてなし》は、既存のツーリズムの価値観では計れない』ということに気付いた、グルノーブルに住むジュネーブ夫妻が、1987年に立ち上げたのが始まりよ。
 農に関わる人びとは、自然や農に関する知識が豊富で、新鮮な農作物を生み出し、農村の美しい景観を維持する役目も担っているでしょう。そうした全てが、農家ならではの「もてなし」として、人びとに支持されていったのね。」

 アキュイユ・ペイザンが生まれる前にも、農家が経営する民宿やジットは存在した。しかし、ビジネスとしての大規模なツーリズムに取り込まれていたために、本業と民宿業とのバランスが非常に難しかったという。宿泊客の中にも、「宿」としての機能だけを求め、一般のホテルサービスと比較してサービスに不満を訴える方もいたそうだ。
 
 「ジュネーブ夫妻は、それまで農民が意識していなかった部分に光を当てたの。農家に泊まるからこそ得られる人とのふれあいや、質のよい新鮮な食事、自然との調和を学ぶ機会…農家に泊まることのメリットってたくさんあるでしょう。
 アキュイユ・ペイザンというネットワークが国中に広まるにつれて、お客さんも変わってきてね。『自然の中に泊まりたい』『農に興味があるから泊まりたい』というお客さんが多くなってきて、農村にはつきものの不便さも楽しんでくれるようになったのよ。」

 実際、わたしたちも交通の便がそれほど良くないのは承知で、またプロのホテル経営ではないことに魅力を感じ、アキュイユ・ペイザンを利用している。

 また今回は、モリセット夫妻の宿で巡礼の旅をしているご夫婦に出会った。聞くと、フランスの北部からスペインにあるキリスト教の聖地をめざし旅をしているのだという。アキュイユ・ペイザンの宿はホテルに比べて宿代が手頃で、また自然の中に身を置いて静かな時を過ごすことができるため、巡礼の旅には嬉しい宿泊場所なのだという。

巡礼の疲れを癒すロバ


 「これまで『農に関わる人』という言い方をしてきたけれど、それは農村振興も含む広い意味なので、アキュイユ・ペイザンに加盟するには、必ずしも農業を営んでいることが条件ではないの。私たちのように、『もてなし業』を本業にしている家庭もあるわ。
 その中で、アキュイユ・ペイザンのメンバーに共通しているのは、大地への愛情、そして農や環境に関する知識を、いろんな人と共有したいという気持ちだと思う。メンバーは皆、アキュイユ・ペイザンの目指す『持続可能な農業の継続』をしっかりと心に留めているのよ。」

 現在、フランス国内でアキュイユ・ペイザンに加盟しているメンバーは800強(レストラン業や農業教育のみのメンバーも含む)。また、フランス国外にも少しずつネットワークを拡げており、今では23カ国に支部があるという。アキュイユ・ペイザンに加盟している農家の方々は、この「もてなし」業を楽しみながら、誇りをもって取り組まれているようだ。

 前述したブルターニュの酪農家の女性も、「持続可能な農業」という言葉を使いながら、アキュイユ・ペイザンのことを尋ねると嬉しそうにパンフレットを出しながら話してくれた。

若い力と農村振興

 「もうひとつ、アキュイユ・ペイザンに参加することの大きなメリットは、若い人を農村に呼び込むきっかけ作りになるというところね。私たちの宿にも、毎年来てくれる若いカップルが何組かいます。時には20代前半の学生グループが泊まりにきてくれて、農村の未来について語り明かしたりすることもあるわ。
 そうして若い人のエネルギーが村に入って来るようになると、この小さな村に住む若者たちも変わってきた。農村がつまらなくてたまらなかったのが、外から来る若い人たちが農村に惹かれているのを知り、ここに留まって親の農業を継ぐことを現実的に考えてくれるようになってきたわ。」

 実は、わたし自身、埼玉県の稲作地帯で生まれ育ったため、この農村の若者たちの気持ちがとてもよくわかる。農業の大切さを頭では分かっていても、田んぼが一面に広がる景色を美しいと感じてはいても、なかなか農村で仕事をして暮らしていこうという気にはなれなかった。特に高校生の頃は、東京で暮らしてみたくて仕方なかった。

 実際に外に出て暮らして数年経つと、農村の美しさが身に染みて恋しくなったが、田舎に帰るとやっぱり外に出たいという思いにかられることの繰り返しだった。ところが近年、故郷で農業や自然をベースにした面白い試みが行なわれるようになり、故郷に滞在することに魅力を感じるようになっている。外から人が訪れ、草の根の活動によって農地が活性化していくのを肌で感じるようになった。この話はまた別の機会にお伝えするとして、モリセット夫人の話から、アキュイユ・ペイザンにも同様の効果があると実感した次第だ。


 農村の過疎化や高年齢化はフランスでも問題になっている。アキュイユ・ペイザンは、そうした動きに歯止めをかけるひとつの抑止剤にもなっているようだ。いままで宿泊したアキュイユ・ペイザンの宿には、常に若い人の存在があったのも偶然ではないのだろう。

 最後にモリセット夫人にもてなし業を長く続ける秘訣について聞くと、すぐにはつらつとした答えが返ってきた。
「そうね、なにより人が好きなこと。それに尽きると思うわ!」

モリセット夫妻


----


 どこの国を旅していても、特に観光地でもない農村や漁村で出会う景観に、息をのむことがある。友人を訪ねて行った先の田舎で、自然や畑がただ美しくて、その光景に出会えたことが旅の思い出になることがある。目的地に向かう電車の車窓から、横切る緑の景色に目を奪われることもある。

 アキュイユ・ペイザンのようなネットワークは、旅行者にとって「何もない」ことが魅力的であるような田舎に滞在する「とっかかり」となる。そして農村に住む人びとにとっては小規模農業をささえる経済支援になるとともに、精神的な後押しにもなる。アキュイユ・ペイザンは、旅行者のニーズと農村生活者のニーズが一致した、理想的な農村滞在のかたちを実現し、地道に継続している。

※1 スタージュ:就学中に行なう実地研修。フランスの専門高等教育機関の多くが、スタージュを単位の一部として義務づけており、学生は卒業前に数ヶ月〜1年ほどのスタージュを行なう。スタージュ先は学生自身で、または学校や教授の助けを借りながら探す。有償・無償はスタージュ先によるが、経済が落ち込んでいる昨今は無償スタージュが多い)

*2 気になる宿泊費についても少し触れておこう。アキュイユ・ペイザンの宿は、場所によっても異なるが、一泊の相場がだいたいツイン一部屋あたり40−50ユーロ(日本円で5000円〜6000円ほど)ほどだ。この値段に朝食が含まれていて、広い部屋と田舎の景色がついてくるとなると、かなり割安に感じられる。
また、フランスの田舎にある一般のホテルが、部屋が狭くてもツイン一泊あたり65-100ユーロすることを考えると、とても安い。ちなみにインターチェンジ等に隣接する、いわゆるカプセルホテルのような泊まるだけの宿なら、一泊25-30ユーロ(朝食なし)で宿泊できる。何を宿決めの優先事項とするかは、利用客次第だ。


1 2

このエントリーをはてなブックマークに追加





クリエイティブ・コモンズ メンバー募集 メルマガ 受託型リサーチ レアリゼブックストア サポーター募集 twitter mixi face Flickr