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"ドイツ・ベルリンにおけるスクワット"(1)

文化・東西南北 Vol.5

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たかもとみさこ ドイツ・ベルリン
day
2002-12-14
 

1.ドイツにおける住宅環境と政治熱

 豊かな生活を求めて近代化に力を入れてきた日本も、衣食住の住に関しては、世界でも最悪の状況と言っていい。ドイツは、日本とそれほど国土面積の大差がないが、人口の少なさと、どこまでも平地が続くという地理上の特徴から、はるかに住宅状況には恵まれている。首都ベルリンでも、東西に国が分かれていた頃と、その直後までは空き地があちらこちらに点在し、冬になるとただ広い道を風邪がピュ-ピュ-と吹いてたまらないほどだった。

[スクワット外観]


 かの有名なヴィム・ベンダースの映画"ベルリン天使のうた"には、当時の空き地風景が今でも垣間見られる。こうした土地に関する環境は、政治熱にも大いに影響した。60年代後半から70年代にかけて、あちらこちらで空き家を占拠するスクワット運動がさかんになったのだ。ベルリンの市内だけでも当時幾つもの建物がスクワットと化し、経済的理由だけではなく、資本主義にまみれた生活スタイルを自ら捨てた老若男女が、次々と"全ての者に住居を!"とうたったのである。単なる貧しいものへの救済の手というよりは、はるかに能動的で政治的な思想がその背景にあった。国や大企業によって都市計画がコントロールされ、資本主義化してゆくことへの反発だったといえる。

2.スクワットにおける主な活動

 一つの建物に100人ほど住んでいるスクワットもあれば、小型のスクワットも有り、その種類や方式はまちまちで、オーガナイズの仕方も多種多様であるが、多くのスクワットの場合、住民達は廃墟だった建物の修理を自ら行い、電気をひき、下水や上水設備を整え、すみやすい環境を作った。いわば、都市における手作りコミューンであり、農村にすむアナーキストが野菜を植えて自給自足を営むのに対し、スクワッターは、都市生活にあわせて、カフェを経営し、コンサートやパーティー会場を装備、図書館を作ったのである。

 こうした文化施設を、一般の人々に安価で開放し、その収入を政治活動や自らの生活に当てている。ただのアミューズメントとしての文化施設というわけではなく、もちろん政治はそこでも彼らの基本としてあるのだ。週末のカフェでの朝食サービスも、貧しい人に安く、あるいは無償で食べ物が与えられ、政治的理由で法的に拘束されている者がいれば、チャリティーパーティーを開催して、資金を集める。こうした多機能空間が主に若者の手によって実現された。政治パワーも薄れていくこのご時世においても、いくつかのスクワットはまだ、ベルリンでも健在だ。彼らはインターネットを駆使し、外国とのスクワッターとのネットワーク作りにも力を入れている。

3.スクワット間のネットワーク

 もちろんスクワットといっても、全くの不法占拠ではない。追い出しをかけてくる警官との激しい戦いを繰り返し、お国や企業と契約をかわし、安価に部屋を提供できるシステムを確立、あるいは文化施設として、修理代を申請したりといった具合だ。もちろん全国的な不景気の風は冷たく、毎月どこかのスクワットが力ずくで差し押さえられ、住人達が数時間内の立ち退きを強制されているのが現状だ。そんなときにも、彼らはスクワッターのネットワークを使って、デモや座り込みのメンバーを募る。70年代以後公には、左翼の"さ"の字も日常から姿を消してしまった日本では、こうしたイデオロギーにおける団結は、信じられないことだ。

4.ベルリンの政治熱を支えていた歴史的環境

 ベルリンにおける政治熱は、土地に関する条件以外にも、その町がもつ歴史も一役買っている。徴兵制度もなく、ドイツが東西に分断されているときは、まわりを旧東ドイツが囲む浮島だった。宗教色も薄く、共産主義国家とも近いといった他のドイツ都市では類まれな固有の背景がある。おかげでメーデーの激しさも未だドイツ一といっていい。

[スクワット外観]


 しかしながらそのベルリンに特別な状況を作っていた壁は崩れ、首都になってしまった。若者がこぞってベルリンへ移動し、移民も増加、町のエネルギーが高まる一方、あちこちにあった廃屋は突然注目を浴びるようになり、大企業や国が買い占め始め、"魅力的な首都"作りのために、コンクリート一色の近代的なビルが建てられてゆく。物価があがり、生活が苦しくなってしまっただけではなく、"東"の臭いがするものはどんどん壊されてゆく。代表的なところでは、共産主義時代を思わせる通りの名前は消え、歴史的建物も破壊される。スクワットもそうした資本主義的都市化計画において、いい標的であり、金にならない文化プロジェクトの援助は、削減されてゆく一方なのだ。

 さて、こうした状況のなか、これからスクワットはどのような生き残りの道をたどるのか。それらの課題を念頭におきながら、次回は文化施設としてのスクワットの可能性にスポットを当て、ベルリンクロイツベルク地区にあるスクワット"クーピー"のカフェから近況をお伝えする。 (つづく) 


"ドイツ・ベルリンにおけるスクワット"(2)

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