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障害者プロレス観戦記

美しき障害者プロレス

leader from from
沢波竹生
day
2003-02-15
 

障害者プロレスとの遭遇

 すべての試合が終わった後のリングを見つめたまま、立ち上がる力のないことに何の不思議もなく、気づくこともせずに座っていたのだが、前の列から振り返り席を立った女のモデルのような装いを見ると、座ったまま、リングのある世界に留まりたい気持ちに抗われつつも、女達の声を聞いてみたい気持ちを抑えきれず、私は立ち上がった。だが席を立つのが遅すぎたので、一つしかない出口を目指して一斉に立ち上がった人々に遮られ、女を見失った。

 真剣の殴り合いを数時間見続けた感動が、私の男の部分を刺激したということなのか。しかしその感動は他の格闘技のように、体全体が沸き立つようなものではなかった。沸き上がる身体から空中に放出された感動は観衆を包み込み、一つにする。しかし、この日の感動は、むしろ体に重さを感じさせ、地面の方に押し付けるものだ。その重さは、大地を通して他の客と繋がる。そして、体の奥のほうに沈み込むこの感動と、それを眺めている意識の間には、分裂がある。観衆同士はそれぞれの分裂を抱えて、決して一つにはならない。

 レスラーの一人は、美しい女と結婚していた。豹皮のような服を着た派手な女だったが、どこかまじめそうな顔立ちをしていた。女優とホステスとの中間にいるような雰囲気だったが、いずれにせよ自分の欲しいものに忠実に、従ってまじめに生きている。そういう顔をしていた。


 その夫は、下肢は小さく綯えて萎み、腕も短く捩れ、腕も足も常にあらぬ方向へ曲がったままの障害者で、アームボム藤原というリングネームを持っていた。胴体と比べて四肢が非常に小さいので、胴体の太さの目立った。胴で立つ藤原の動きは緩慢で、ファイトに特筆するものはなく、今回がデビュー戦となる岩崎という20歳の若いレスラーに苦戦していた。試合は3R(3分)、フリーノックダウン制で行われていた。

***


 岩崎は、左手と右手が体を中心にして線対称に捻じ曲がっているので、両手で手刀を振り下ろすと、蟷螂のように見えた。この若い蟷螂は真っ白な体躯をもち、顔を白く、目の周りだけ黒く化粧していた。自分の好きな女子プロレスラーを真似したのだと、場内で実況中継をする男が言った。

 藤原と違って岩崎は膝立ちができるのだが、手刀がその唯一の武器だった。手刀と言っても、手から先が蟷螂のように前に曲がり硬直しているので、刀となる部分に力を込めることができず、その代わりに体を大きく仰け反らせて勢いをつけ両手を振り下ろしていた。通常、何かを叩いたり、投げたりするときには、軸足を決め、強く地面に踏ん張ってその点を支えにするものだが、膝立ちでしかも足首に力が入らないので軸足を決めることができず、それゆえなおさらその反りの解放するだけに力の源を求めていた。地面に踏ん張る支点がないために、両手を振り下ろすと同時に、その反動で岩崎の体全体が大きく跳ね上がった。試合が進むにつれて体の反りが深さをまし、それに比例して両手を振り下ろした後の飛び跳ね方もだんだんと勢いを増していった。体が大きく跳ねるたびに左の方向に移動し、岩崎は、まるで紙相撲の力士のようにぐるぐると藤原の周りを回っていた。他の障害者のように胴体が太くないせいだろう。反り返り、収縮し、大きく飛び跳ね、リング上を飛び跳ねる岩崎の白い体躯と白く化粧されて表情の消えた顔は、強い照明に輝き、美しかった。

  3ラウンドまで、岩崎は休むことなく美しく跳び続けた。そして藤原と組み合った一瞬、藤原の太い胴体と二の腕を首に巻きつけられてマットに組み敷かれた。

 岩崎は立ち上がらなかった。レフリーが試合を止めた後も藤原は首を絞めることをやめず、相手のセコンドに突き飛ばされてようやく腕を放した。しかしそれに逆上した藤原が倒れたままの岩崎に殴りかかり、岩崎のセコンドが藤原にタオルを投げつけ、反対に藤原のセコンドをしていた美しい妻が岩崎のセコンドにタオルを投げ返し、場内は騒然とした。

***


 藤原がリングを降りようとしていたとき、倒れたまま微動もしなかった岩崎がゆっくりと起き上がり、仁王のようにリングの中央に立って藤原の方を見た。藤原が振り向き、岩崎と睨み合う。

 岩崎の体は、絞められた首だけでなく全身が真に紅潮していた。私のほうからは、岩崎の真赤な背中しか見ることができなかったので、二人がどのようなコミュニケーションをしたのか分からない。岩崎は私たちに赤い背を向け、リングの中央で仁王立ちしていた。 


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<続> 障害者プロレス観戦記

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