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誰もが自分らしく生きるために 第五話 ~若葉養護学校レポート その1 ~

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桜子 池田英臣 オーストラリア
day
2005-11-26
 

若葉養護学校への訪問

 1年とちょっと、この学校へ子ども通わす親として関わってきた中で、どうしても知っておきたいことがあった。
 国公立の養護学校ならともかく、あえて私立の養護高等学校を創ろうという志の原点は何だったのか?学校というものを実際に創り上げていくというのは、並々ならぬ苦労と莫大な資金が要ることは教育の素人でもわかる。しかも、本当の教育をしようとすると儲からないものだ。

 そんな折、このレアリゼに若葉養護のレポート記事を書くということになり、カメラマンの池田氏とともに群馬・赤城山麓の学校を訪れ、大出浩司校長へもお話を伺うことになった。

 私の住む横浜から車で約3時間あまり、国道353号線沿い、クローネンベルクドイツ村に隣接した地に建つピンク色の校舎がそれである。
 8月12日、その日はちょうど夏休み中に1週間だけ設けられた夏季授業の最終日で、全校生徒が1階食堂に集まって、『ハートフルアート展』に出品するハンカチの染色作業をしていた。

 全校生徒といっても本年度は高等部本科、専攻科、研修科を合わせても28名、教職員数は講師の方も含め15名の小ぢんまりとした学校なので、家族的な雰囲気で学校生活を送ることが出来る。

 そもそも学校開設に先立って、障害のある子どもたちの義務教育終了後の教育と生活訓練の場であり、宿泊施設をともなった養護教育塾「杜の子ファーム」が昭和61年に設立された当初から、大出家のご家族と寝食を共にするといった環境であったという。

 現在、杜の子ファームは若葉養護学校と経営は別だが、学校の遠方からの入学生のための寄宿舎としても重要な役割をしており、生徒たちはそこで身辺自立も学んでいる。

 実は、私立の養護学校は全国でも15校のみで、公立校との助成費補助金の格差があまりに大きいための経営困難で、設立者が現れ難いといわれている。群馬県の場合、私立の養護学校へ国や県から下りる生徒一人当たりの教育援助金は、国公立学校のわずか4分の1以下(教師人件費も含む)しかない。

 若葉養護の年間授業料31万円であるが、遠方からの送迎負担が必要な家庭が多い中、もう少し援助金が増えればと考えるところである。 そういう背景も踏まえて、まず、私が一母親としてもぜひ校長に伺ってみたかったことがある。

―困難な道をあえて選ばれての養護学校建設のきっかけは何だったのだろうか?

  そもそもの始まりは20数年前、現理事長・大出文子氏の父、つまり大出校長の祖父にあたる阿久沢質郎氏が教職を離れた後、社会に役立とうと知的障害更生施設を立ち上げたことであった。

 当時の障害を持つ子どもたちの教育環境というのは、義務教育終了しただけですぐに作業所等への就職ということが普通であり、通常より発達の遅れがあるにも関わらず教育を余儀なく中断されて、即「自立」をと促されるものであったのだ。まだ作業所で就労出来る者はよいが、障害が重くてそれすらも出来ない子どもは行くところもなく、家庭内で面倒を見るしかなかったという。

 当時祖父の施設職員として働いていた校長は、36年間一歩も家を出ず、誰にも会うことなく自宅に幽閉されていた重度の障害者のお世話をした経験があるのだそうだ。わずか20年程前のこととは思えないような酷い話であるが、その当時はそう驚くようなことではなかったのだ。

 「晩年、病床にあっても私の手を握って、『(学校設立を)頼む』と言い残して亡くなった祖父の思いが、私の胸に中にずっと種火のように燃えていたのです。それが学校を何としても立ち上げたいという信念になりました」

 子どもの頃からそうした祖父の姿を見て、日常的に障害のある人の置かれた悲惨な立場を目の当たりにしてきたことが、壮大な夢を現実にしてきた校長の情熱の源になっているのだ。(つづく)


誰もが自分らしく生きるために 第七話 ~若葉養護学校レポート その3 ~
誰もが自分らしく生きるために 第六話 ~若葉養護学校レポート その2 ~
誰もが自分らしく生きるために 第四話
誰もが自分らしく生きるために 第三話
誰もが自分らしく生きるために 第二話
誰もが自分らしく生きるために 第一話 ~息子はバリバリの自閉症です ~

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