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ナバホ国部族政府からの手記 第三章 ~ 荒野と精霊 ~

ナバホ国で働く日本人アートセラピスト~北川のぞみ~

leader from from
北川のぞみ アメリカ
day
2004-09-12
 

 ナバホ国で働いていく上で一番難しいのはこの環境である。私は精神分析学的なトレーニングを受けているので、クライアントには自分の私生活を知られてはならないと考えているが、この閉ざされた世界では何処にいてもすぐクライアントの家族などに見られてしまう。クライアントに「この前お母さんが、のぞみのことをショッピングセンターで見たって言ってたよ」などと言われたりする。それと、クライアントとスタッフが親戚関係にあったり、スタッフの子供とクライアントが敵対関係にあったりすることがあり、非常に難しい。

 加えて、居留地内では何もかも遠く離れていて、しかも住所がない。住所がない場所にどうやって辿り着くのか不思議だったが、「このガソリンスタンドで右に曲がって、この木で左に・・・」などと説明される。従ってクライアントの記録には郵便局の私書箱とともに自宅の地図が書かれている。

 私はファミリーセラピストとしてクライアントの家庭訪問をしなければならないときがあるのだが、初めて行ったときはどうしてもその家を見つけることができず、クライアントの父親に途中まで迎えに来てもらうという情けない結果となった。あのときは幸いまだ携帯電話がつながる地域だったので途中で連絡もできたが、居留地の奥地へ行くと携帯電話も使えないし、ラジオの電波も届かない。迷った挙句に辿り着いた小さな集落には、見たこともない動物や鳥がいて、(後からラマだと知った)まるで別な惑星に降り立ったような気持ちになった。

 未だに電気も水道もない荒野の真只中に住んでいるナバホの人たちはたくさんいる。別に貧しいから、というよりもそういうライフスタイルをあえて選んでいる人たちがいるのである。真っ赤な岩山とセージの群生しかない荒野の真ん中にぽつんと小さい家とホーガン(ナバホの伝統的な建物で、住居として使う場合もあれば、セレモニーだけに使う場合もある)が並んで建っているのを見ると何かホッとした気持ちになる。この超物質主義のアメリカという国の中で、このようなライフスタイルを選び、伝統を守っている人たちがいると思うと何故か安心するのである。

 しかし、そういう環境に住むクライアントの家族と連絡を取ったり、家庭訪問したりするのは容易ではない。あるとき、クライアントの両親が重要なミーティングに現れなかった。私が「こんな重要なミーティングをすっぽかすとは・・・」と驚いていると、同僚は平気な顔で「今朝はあの山で雪が降ったから山越えできなかったんでしょう」と言う。私が更に「でも電話くらい・・」と言うと、同僚は「あの家には電話はないし、携帯もつながらない地域だから・・・」と言う。このときばかりは昔映画で見た「のろし」を頭に描いてしまった。

 あるときは、車で片道3時間の道のりを同僚と2人で家庭訪問に行ったことがある。往復6時間なので、一日家庭訪問ですべて終わってしまった。しかしこのクライアントの母親は足を骨折している上に一家に車がないので、交通の手段が皆無で身動きができない状態だったのである。行ってみると母親とティーンエージャーの子供6人、猫7匹が一部屋しかない家に住んでいた。ベッドも1つしかないし、浴室もない。これは選択でなく、貧困のためである。

 その他の難しさは、やはり文化の違いである。働き始めた当初、クライアントの両親の文化アセスメントという書類を眺めていて、まったく理解不能な質問事項がたくさんあることに気づいた。

 例えば、「この子供(クライアント)を妊娠中、死んだ動物を見たり、臭いをかいだりしましたか?」「妊娠中、砂絵を見たり、セレモニーに参加しましたか?」・・・と妊娠中に関わる質問が延々と続く。同僚に「これは一体?」と尋ねると、「ああ、これは数あるナバホのタブー(禁忌)のほんの一部よ」と教えられた。妊娠にまつわるタブーはきりがないほどたくさんある。妊婦は一日中家でじっとしていない限り、これらのタブーは避けられないように思う。しかし、こういったタブーが起こると必ずメディスンマンのところへ行ってお祓いをしてもらわねばいけない。

 それと精霊やその他霊が見える人たちがたくさんいるので、「幻覚」の概念も変わる。アメリカの白人社会では誰かが「霊が見える」と言えば精神病を疑われ、精神科医に連れて行かれる。しかし、このナバホの地では、そういうことが起きたときはメディスンマンの出番である。私の働くプログラムでも、ある夜クライアント数人が「小さい男の子が夜歩き回っていて眠れない」と訴えた。連絡を受けた同僚のカウンセラーはすぐ外来プログラムで働くメディスンマンに電話し、お祓いに来てもらった。私はこういう文化的な点についてはまだまだ勉強中である。


ナバホ国部族政府からの手記 第五章 ~ スウェット・ロッジ(Sweat Lodge) ~
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