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『ライカ・スペース・プログラム』聴衆参加型パフォーマンスの試み (1) /ヒトに効くアートVol.1

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高橋幸世 バンクーバー、カナダ 高橋幸世 バンクーバー、カナダ
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2006-10-29
 

 2006年日本の夏休み、テレビを見ていたら、ふと村上隆氏のインタビューが目にとまった。日本を代表する国際的アーティストである彼は<アート=ビジネス>というポリシーをとことん貫いている人だ。日本文化のどんなところが海外でウケるのか、そのツボを心得ている彼は、売れる商品を作れば売れる、という商品経済のイロハをアートに適応して成功した、優秀な和製アート・ビジネスマンである。

 へえー、あのカラフルなヴィトンのロゴもこの人の仕事だったんだ、なるほど、こうすればアートを商売にできるのねー、と感心しつつも、「商品」として売れたアートは結局、消費されて終わりなのかしら、とちょっと首をひねった。

 消費されるのではなくて、浸透するアート。人と出会って、何かがそこで始まるアート。アートかどうかも分からない裏側からそっと生活の中に入って来るアート。そんな静かなアートもいいのではないかしら。アートが生活に美をもたらし、明日をちょっとわくわくしたものに変え、一人一人を豊かにする。理想主義者と言われてもいい。そんな「ヒトに効くアート」にやっぱり憧れる。

 そう思って見渡せば、そこここに効きそうなアートたちは静かに生息している。メイン・ストリームのアートからはちょっと外れているかも知れないけれど、深いところでヒトに効きそうなさまざまなアートの営みを身近なところから、そして世界の裏側から見つけ出して、一つずつ紹介していくことにしよう。

***



 まず手始めに、私自身が2003年のプラハ・クアドリエナーレで企画した、一風変わった舞台作品、聴衆参加型パフォーマンス『ライカ・スペース・プログラム』の成り行きをお伝えしたてみたい。



 聴衆参加って何?

 「聴衆参加型」というと堅苦しく聞こえるかも知れないが、要するに観客がただ見ているだけではなく、作品に参加するという仕掛けのことだ。こういう手法自体は新発明でもなんでもなくて、寺山修司の実験演劇や、フルクサスのハプニングなど、多くの先例をアート史の中に見つけることができる。

 もっと分かりやすい例を挙げれば、近頃あちこちで流行している、高知のよさこい祭りをコピーした踊りの催しがある。これは、一般の人たちの「参加したい」という願望が新しい祭りを生んだ面白い例だと思う。パフォーマーのほとんどは一般市民。観客もその気になれば来年は踊り手として主役になれるというわけだ。祭りにはもともと参加の要素がたくさんある。演劇の起源が祭りに遡れることを考えると、遠くからただ眺めるだけの演劇がむしろ増えすぎたのかもしれない。

 私自身、最近は観客席にじっと座っているのに飽きることが多くなった。テレビ世代だからなのか、今そこで起こっている演技でも、つい遠い映像のように感じてしまう。生であっても、情報の伝達は一方向で、観客がそこにはたらきかけて何かを変えていくことができるわけではないし。時間と空間を共有しているという体験の感覚が、どうも薄いのだ。

 体全体がぞくぞくするような体験がしたい。劇場に入った時と出て行く時とで自分の中の何かが変わり、目から鱗が落ちて、ぺろりと脱皮してしまうような、そんな作品に出会ってみたい。

 そんな思いがつのって、プラハで行われる舞台デザイン国際展の特別企画のキュレーターを依頼されたのをきっかけに、聴衆参加型体験式パフォーマンス『ライカ・スペース・プログラム』を自分でデザインしてみることにした。

 『ライカ・スペース・プログラム』の仕組み

 皆さんはロシアの人工衛星に乗って宇宙を旅した犬の物語をご存知だろうか。このライカ犬の話が『ライカ・スペース・プログラム』(以下LSP)のベースになっている。当時の写真を見ると、ライカは巨大な生命維持装置に体を固定され、いかにも窮屈そうな姿で宇宙に旅立った。ゼリー状の食事を口からチューブで流し込まれ、一説によると地球の軌道を2周もしないうちに高温とパニックとで死んでしまったという。

 ライカは宇宙で何を感じたのだろう。テクノロジーに翻弄されて地上の感覚から切り離されたライカは、現代社会の人間の姿と重なるところもある。LSPはこのライカの視点から、テクノロジー時代の人間の感覚(五感)について考える(というよりも、体験する)作品である。

 ライカ犬の物語をテーマに選んだ理由の一つは、この話が世界中でよく知られているという点にあった。このパフォーマンスでは観客自身が物語世界の中の「役」を与えられ、その役として行動することになるので、観客が初めから全体の物語をなんとなく把握している方がスムーズにいくのだ。

 会場に集まった観客は入口で「ライカ犬」、ライカ犬にくっついて旅した「ノミ」、彼らの旅を見守る「科学者」という役割のどれかをもらう。ここで特に注目して欲しいのはLSPでは眺めるだけの通常の観客というのは一人も存在しないということ。このように全員が役割を持つことで、見る・見られるの関係が薄くなり、参加することに伴う気恥ずかしさがかなり緩和される。(つづく)

[観客がパフォーマンスの初めに、役を与えられているところ]


『ライカ・スペース・プログラム』聴衆参加型パフォーマンスの試み (3)/ヒトに効くアート Vol.1
『ライカ・スペース・プログラム』聴衆参加型パフォーマンスの試み (2)/ヒトに効くアート Vol.1

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