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ナバホ国部族政府からの手記 第七章 ~住宅事情~

ナバホ国で働く日本人アートセラピスト~北川のぞみ~

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2005-01-05
 

ナバホの住宅事情

 私は現在住んでいる所から、なんと追い出されることになった。

 別に悪いことをしたわけではない。私が働くシップロックにはNorthern Navajo Medical Centerという大きな総合病院がある。これは連邦政府が運営する病院で、医師や看護士、その他医療スペシャリストたちはほとんど白人である。場所が場所なだけに常に人材不足で、全米から人を募集して連れてくる。

 そういった人たちのために専用の住宅があるのだが、私はそこに特別に住まわせてもらっていたのである。私はナバホ国部族政府の職員であって、連邦政府の職員ではない。部族政府の職員は9割以上がナバホで、かつ地元の人がほとんどなので、専用の住宅はほとんどない。

 一応職場の総務の人に聞いてみたが、数少ない部族政府の住宅はいっぱいで空きはない。総務の人は「のぞみ、でもこの住宅は空いていたとしても高いわよ。」と言う。私が「高いってどれくらい?」と聞くと、「2ベッドルーム(日本で言うと2LDKで、1人には広すぎる)で、285ドルもするのよ。」

 私は絶句してしまった。ニューヨークやカリフォルニアという、アメリカでもっとも家賃や地価が高い場所に住んでいた私には、想像もつかない安さである。しかしナバホの人たちはそれでも高いという。居留地内の所得水準は非常に低く(失業率も異様に高い)、私は世間一般の水準からすると決して高給取りではないのだが、居留地内では金持ちである。

 私の同僚のほとんどはトレーラーか、トレーラー・ハウスに住んでおり、私の上司にいたってはホームレスである。トレーラー・ハウスはモービル・ホームとも呼ばれ、移動可能な軽量の材料で作られた安普請の家である。

 トラックで引っ張ってきて、水道や電気の設備のある場所に取り付ける。道路上を移動させるため縦長に作られており、見た目は非常に悪い。内部を見たことがあるが、縦長なので一部屋が狭く、何となく落ち着かない。同僚に普通の家とどう住み心地が違うのか聞いてみると、「普通の家に住んだことがないからわからないけど・・・夏は暑くて冬は寒い」と言う。とても住む気にはなれない。

 居留地内にはアパートと呼べるものは存在しない。数少ない部族政府住宅、低所得者用住宅、BIA住宅(連邦政府所有の住宅で、連邦政府職員か、コネがない限り入居はできない)、それと私が住むIHS(Indian Health Services)住宅の4種類が借りることのできる住宅で、それ以外はトレーラーやトレーラーハウスを買わない限り、住むことはできない。

 ナバホ国籍がある人は、居留地内であれば税金も払わずに家を建てることができる。土地は有り余っている。しかしほとんどの人は普通の家を建てるお金がないので、トレーラーやトレーラーハウスを買う。私はニューメキシコ州に引っ越してきて最初の2~3ヶ月はFruitlandという居留地と居留地外の境目にある街(村?)の一軒家の一部屋だけを借りて住んでいたが、やはり自分だけの場所が欲しかったので、アパートを探し始めた。

 しかし、シップロックには住む場所がなく、アパートが存在する一番近い場所はファーミントンというシップロックから40キロ離れた街であった。しかし、この街は非常に保守的で、ナバホの人を敵視する白人が非常に多く、どうしても住む気にはなれなかった。

 そんな折、部族政府の同じ部門で働くある有力者が、私のためにIHSの上層部の人と話をつけてくれ、IHS住宅に入居できることになった。ナバホ国内ではコネがものを言う。ここはものすごく広い1ベッドルーム(日本で言う1LDK)で家賃は光熱・水道料込みで315ドルという安さである。(ここがマンハッタンだったら2500ドルはする)

 外側はあまり美しく見えないが、内部は日本で言う高級マンションのようである。しかし、期限つきで6ヶ月間と言われた。「ひょっとするとそれ以上住めるかもしれないけれど、新しい医者や看護士が来たら出て行ってもらう」と言われたが、承諾するしかなかった。その6ヶ月間は9月末で終わりだった。

60キロの通勤

 9月中、何も言われなかったので、しばらく滞在できるのかと思っていたら、10月1日に「今月中に出てください」と通告されてしまった。困ったのはこの辺には選択肢がないことである。通告を受ける前日、偶然にもコロラド州Cortezという街に住む友人から電話があり、「コルテスに住めばいいのに!」と言われていた。コルテスはなんとシップロックから60キロも離れている。しかし、この辺では立派な通勤圏である。

 渋滞などはあり得ないので、40~45分しかかからない。前述の病院で働く医師や看護士、ディネカレッジという族立大学の教授などの多くがこの街に住んでシップロックまで通勤している。居留地に比べれば家賃は若干高くなるが、それでも安い。そんなわけで私は毎日60キロの道のりを、しかも州を越えて通勤することになった・・・。


ナバホ国部族政府からの手記 第九章~ ナバホ国内の恋愛・結婚事情 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第八章 ~ アートセラピーとファミリーセラピー~
ナバホ国部族政府からの手記 第六章 ~ サバイバルスキル ~
ナバホ国部族政府からの手記 第四章 ~ アイデンティティについて ~
ナバホ国部族政府からの手記 第三章 ~ 荒野と精霊 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第二章 ~ シップロックの治療院で ~
ナバホ国部族政府からの手記 第一章 ~ Sun Dance (太陽の踊り) ~

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