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ナバホ国部族政府からの手記 第十八章 ~治療院の近況 ~

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2006-02-05
 

 私事で恐縮だが、最近私は婚約した。相手はディネ男性ではなく、白人男性だ。とは言ってもスペイン系で、よくネイティブ・アメリカンに間違えられるそうだ。背が高くて細いので、「お前はスー族だろう」などと言われることがある。

 私の同僚は皆おそろしく観察力が鋭い。日本人に似ていて、常に他人を観察している。私の婚約者であるロブはよく職場まで車で迎えに来るので、私の同僚は彼の車まで覚えている。私が残業していたりすると、「彼が外で待っているわよ」などと2~3人の同僚に言われたりする。

 婚約した直後、私は何も言わずにただ婚約指輪をはめて仕事をするようになった。最初の2日間は誰も何も言わなかった。3日目の朝のミーティングの最中、私の隣に座っていたレジデンシャル・スーパーバイザーのジョン(仮名)が小さな紙切れを渡してきた。開くと「Congratulations?」(おめでとう?)と書いてある。私はただ微笑んでうなずいた。そのあとテーブルの下で指輪を見せてくれとせがまれた。

 その後2人に「おめでとう」とだけ言われた。つい3日前ほどには教師のマリア(仮名)に「あなたのBig Dayはいつなの?」と聞かれた。私が「来年だけど、はっきりとした日にちは決まっていない」と答えると、「まさか辞めたりしないわよね?」と迫られた。私にとってこれは非常に答えにくい質問だ。それはロブが来年デンバーの学校に行く予定で、私もデンバーに引っ越さねばならないからだ。答えは適当にはぐらかしたが、ちょっと罪悪感を感じる。

 私は職場の同僚にこれほど大事にされたことは今までない。上司は私の給料を上げようと必死で努力してくれるし、私が休暇から戻ってくるといつも同僚が「おかえりなさい。あなたがいなくて淋しかった」などと言ってくれる。病欠から戻ってくると「大丈夫?無理しないでね」などと声をかけられる。私はメカ音痴で車のことを何も知らないのだが、同僚は常に私の車をチェックしてくれている。「左前輪のタイヤの空気圧が弱いから、空気を入れた方がいいよ」とか「このタイヤはそろそろ取り替えないと駄目だ」とか「あなたのタイヤのカバーがあそこの角に落ちているよ」(私はタイヤを縁石にぶつけてタイヤのカバーを落すことがよくある)などと注意してくれる。

 私は今までいろいろな場所に住んできたが、これほど他人のことを心配し、気にかける人びとと共に働いたことはない。こんな親切さはナバホ国だけでしか経験できないことだ。

 私が大事にされる理由は他にもある。インディアン居留地は、田舎とか僻地とかいう言葉を遥かに超えた世界だ。ここで学歴、資格、経験を持ったセラピストを探すのは至難のわざだ。私の現在している仕事は非常に難しく、新卒のセラピストには絶対無理だ。経験も持ったセラピストを今年の1月に雇ったが、あまりに仕事がストレスフルなため、わずか7ヶ月で辞めてしまった。最近、私の上司だったハンス博士(仮名)も転職してしまい、修士号を持つセラピストは私とテレサ(仮名)の2人だけになったしまった。

 現在の私は1人で4つの役割を演じている。ファミリー・セラピスト、アート・セラピスト、心理テストなどを行う心理士、それとディレクター代理だ。テレサは私よりももっと経験があるので、彼女が事実上ディレクターの役割を演じているが、彼女が不在のときは私がディレクター代理として重要な決断をしたり他のスタッフに指示を与えたりしなくてはならない。これほどの責任を背負わされたのは生まれて初めてのことである。もちろんいい勉強の機会ではあるが、そのプレッシャーはタダ事ではない。

 この給料で4人分働くセラピストを見つけるのはナバホ国では不可能だろう。7月にセラピスト1人が辞めた後、募集広告を出したが、2人しか応募してこなった。そのうちの1人は面接に現れず、もう1人は面接には来たが何の臨床経験もない人だった。そんなわけで、私はナバホ国部族政府に非常に大事にされ、他の州の学会に出席するときなども旅費を出してもらっている。去年カリフォルニア州サンディエゴで行われたアートセラピー学会に出席したときなどは1500ドル以上(日本円で15万円以上)も出してくれた。

 ここまで大事にされると、非常に辞めにくいし、私自身も未練が残る。しかし、私には私の人生があるので致しかたない。あと数ヶ月ナバホの地を去ることになるだろうが、それを報告した際に同僚からどういう反応が返ってくるかと考えると心が痛む。私は今までの職場を去るときには、クライアントと別れるのが悲しくて泣いたが、今度は同僚と別れるのが悲しくて泣くだろう。(注:この記事は2005年10月に書かれた)


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ナバホ国部族政府からの手記 第十四章 ~ ナバホ国内の政治・宗教観 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十三章 ~メディスン・マンの役割 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十二章~寄宿学校世代 ~ 
ナバホ国部族政府からの手記 第十一章 ~ナバホ警察 ~
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