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ナバホ国部族政府からの手記 第二十一章 ~ナバホ国での最後の1ヶ月 ~

最終回

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北川のぞみ アメリカ
day
2006-06-25
 

ナバホを去る日

 ついに5月中旬にナバホ国を去ることになった。私は1月に結婚し、(まだ結婚式は挙げていない)夫の学校の関係でなんと(目的地は変わり)ワシントン州シアトル市周辺に引越すことになった。この2年半を振り返り、よくここまで何もない地域にこれほど長く住めたものだと自分でも感心している。一番つらかったのは食べ物だ。しょうゆ、豆腐、みりん、干し椎茸、海苔などは近所のスーパーで手に入るが、納豆や味噌、油揚げ、和菓子などは車で片道5時間かけてアルバカーキまで行かないと手に入らない。アメリカ在住14年余りになるが、やはり日本食なしでは生きてゆけない。

 2番目につらかったのは娯楽や刺激のなさだ。この周辺には本当に、何もない。レンタルビデオ屋はいくつもあるので、この2年半はよく映画を見た。私の住むコロラド州コルテス市は居留地の外だが、まともなCafe(喫茶店)すらない。

  しかし、この2年半にナバホ国で学んだことは何にも代えがたい。薬物依存を持つティーンエイジャーはもっとも治療が難しいと言われているが、私のクライアントたちは何世代にも渡って受け継がれてきたトラウマを抱えている。その家庭の複雑さ、問題の深さ、心の傷の深さはちょっと言葉では表現できないほどだ。そういったクライアントたちとその親たちに対するセラピーを経験できたことは私にとって一生の財産だ。とてつもなく大変な仕事だったが、私に何処に行っても通用する実力を身につけさせてくれた。

 それと、最近ようやく終わった90日間の治療サイクルの間、私はClinical Supervisor(臨床面で一番上の立場)として30人以上のスタッフを監督する立場にあった。これほどの責任を負わされたことは今までの人生で初めてのことだったし、これほどのストレスを味わったのも初めてだった。1月にマネジメントが変わり、職場にいろいろな変化が起こった。そういう変化をよく思わない人たちが、治療サイクルの初めに大量に辞表を提出するという事件が起こった。

 10人以上のスタッフを一気に失い、慢性的な人手不足に苦しんだ。多くのスタッフが過労とストレスで燃え尽きてしまい、日ごろからは考えられないような非常識な行動を取るようになった。私は上司という立場上、そういう行動を黙認するわけには行かず、報告書を書いてマネジメントに提出したり、懲戒を与えたりしなくてはならず、非常につらい思いをした。

 しかし、こういった経験は私を更に成長させてくれた。以前は私は一(いち)セラピストしてしか物事を見ることができなかったが、これらの経験から全体像を把握する能力を身に付けることができた。こういう立場に再度自分の身を置きたいとは今は思わないが、こういったスキルは将来絶対に役立つときがくるだろう。
 治療サイクル最後の日、あるスタッフが私の両手を握って、「ありがとう」と言ってくれた。

  ちょっと報われた気がした。私は3ヶ月間ストレスから悪夢に悩まされ、非常事態が起こる度、夜間や週末にスタッフからの電話にも悩まされた。しかし、クライアントは無事に治療を終えることができた。

 スタッフには3月に私は治療サイクルが終わったあと仕事を辞めると伝えた。皆ショックを受けたようで、「どうして?」と聞かれたが、私が幸せになるのなら、と受け入れてくれた。私の最終日にはお別れと結婚祝を兼ねてパーティをしてくれるそうだ。夫も連れてこいと言われたので、口下手な彼をパーティに連れてゆかねばならない。

 ナバホ国からの報告はこれが最後になる。シアトル周辺に引っ越したあと、どんな人たちとどんな仕事をするのかまだわからないが、何か面白いことがあれば、また報告したい。(完)


ナバホ国部族政府からの手記 第二十章 ~ディネ(ナバホ)の言葉、名前 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十九章 ~ ピヨーテのパワー ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十八章 ~治療院の近況 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十七章 ~ナバホ族とユート族の違い ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十六章 ~ スキン・ウォーカーと黒魔術 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十五章 ~ナバホ国内の観光地 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十四章 ~ ナバホ国内の政治・宗教観 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十三章 ~メディスン・マンの役割 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十二章~寄宿学校世代 ~ 
ナバホ国部族政府からの手記 第十一章 ~ナバホ警察 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第十章 ~ アングロという言葉 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第九章~ ナバホ国内の恋愛・結婚事情 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第八章 ~ アートセラピーとファミリーセラピー~
ナバホ国部族政府からの手記 第七章 ~住宅事情~
ナバホ国部族政府からの手記 第六章 ~ サバイバルスキル ~
ナバホ国部族政府からの手記 第五章 ~ スウェット・ロッジ(Sweat Lodge) ~
ナバホ国部族政府からの手記 第四章 ~ アイデンティティについて ~
ナバホ国部族政府からの手記 第三章 ~ 荒野と精霊 ~
ナバホ国部族政府からの手記 第二章 ~ シップロックの治療院で ~
ナバホ国部族政府からの手記 第一章 ~ Sun Dance (太陽の踊り) ~

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