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オーストラリアの多文化主義とアイデンティティー

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飯野陽子 オーストラリア
day
2004-03-22
 

今日のオーストラリア多文化主義

 オーストラリアは多文化主義を実現するために欠くことができない、様々な移民定住支援を行っている。

 支援サービスを充実させていくためにさらなる資金援助が望まれる一方で、1990年後半に登場したワン・ネーション党が、「現在の移民政策によって白人は逆差別を受けている、多文化主義は財政的に負担である」として多文化主義撤回を主張、一時的に支持を集めたように、オーストラリアの人々はますます多様化していく社会に対して、漠然とした不安を感じているとも言えるだろう。

 最近の保守的なハワード政権下では、"オーストラリア的"な価値観にそぐわない移民、難民の受け入れに、一定の制限を設けるなどの傾向が見られる。

 移民への社会保障サービスにかかる財政負担を軽くし、西洋的な思想や制度を保持するため、同じ移民でも英語力、経済効力のある技術移民は、オーストラリア社会に貢献しているとし、大いに奨励され、難民や庇護希望者はまるで招かれぬ客、というほど対照的に扱われることが多い。

 そしてニューヨーク同時多発テロや多くのオーストラリア人が犠牲となったバリ爆弾テロなどによる反イスラム感情が、その傾向に油を注いでおり、その例がタンパ事件1や庇護希望者に対する政府の対応に表れている。

オーストラリアのアンチ・イスラム感情

 オーストラリア社会でアンチ・イスラム、アンチ・アラブ感情が高まっていると言われる。シドニーに拠点を置くアラブ系、主にレバノン人系移民を対象としているエスニック新聞《アル・ハヤット・アラビア新聞》2 のオマーさんに聞いてみた。

 「異なる文化や価値観を受け入れることの出来ない、先入観を持った人たちがいまだに存在することは否定できませんが、オーストラリアのコミュニティは我々の文化を理解し尊重してくれている、と感じています。アメリカとオーストラリアを比べても、オーストラリアはとても平和的で統合されており、特にテロに対する戦争以後も、人種差別を発端とする事件はアメリカほど多く起っていません。」

 とオマーさんは言う。多様なエスニック・コミュニティの存在がオーストラリアの統合を妨げ、分裂を招いているという見方については、

 「もしそうであれば2,000万人の人口を抱えている国においてもっと様々な問題が起ってきているはずです。逆にそれぞれのエスニック・コミュニティが自立していくことが社会全体の利益となり、その多様な人材がオーストラリア社会に貢献できることは多いと思います」と答えてくれた。

私たち移民

 私の友達の多くは移民である。移民歴の長さや、永住権、市民権取得に関わらず、オーストラリアを"home"と呼ぶ人たちだ。その友達に聞いてみても、「差別はある、でもオーストラリアは移民の自分たちがいつまでたっても"移民=よそ者"としてでなく、国民として又は住人として受け入れることのできる数少ない国のひとつであろう」という点で意見はだいたい一致している。

 オーストラリアの多文化主義は今のところ成功している、とオマーさんが話すように、確かに短期間でこれだけの多様な民族、文化を抱える多文化国家になったその推移は、比較的平和に行われたと言える。

 しかしながらこれだけ多様な移民が住んでいるオーストラリアでは、民族間の争いや憎しみをが何かのきっかけや海外での出来事で表面化し、オーストラリア社会全体に影響を与えることもある3。

 様々なコミュニティーの多様な価値観やアイデアが、時には対立、衝突することは避けられない。しかしそこから対話が生まれ、その対話の中で共存のための核となる価値観や、最低限のルールを明示化していかないことには、オーストラリアの多文化主義は前進していかない。

 エスニック料理、ダンス、ファッションといったシンボルとしてのみの多文化主義でなく、エスニック・コミュニィティーが主体性を持ち、移民や難民たちがオーストラリアの社会に参加、貢献できるような多文化主義のかたちをこれからも探っていかなければならないだろう。

我々は皆、ボート・ピープルである

 難民支援をおこなっている《We Are All Boat People》というグループは、原住民アボリジニ以外のオーストラリア人はみんなボート・ピープルであるというコンセプトのもとに、難民に対する意識を変えていこうとしている4 。

We Are All Boat Peopleのキャンペーン/オーストラリアのシンボルであるオペラハウスで

 イギリス系移民がほとんどだった当初はアイルランド人が、そして第二次世界大戦後にはイタリアやギリシャから大量移民した南ヨーロッパ系移民が、"エスニック"としてレッテルを貼られた。

 その後は、インドシナ難民、アジアからの移民の増加によるオーストラリアの"アジア化"への恐怖、そして最近のアンチ・イスラム感情、と誰もが"エスニック"として差別の対象になり得る。

 でも、《We are all boat people》-我々はみんな安住の地を求めてやって来たボート・ピープルだ。人種、民族性や文化の違いなどによって否定、判断されることなく、自分のアイデンティティーを表現したい、自分が自分らしく生きたい、という願いはみんな同じなのである。

 今日のオーストラリアは、ナショナル・アイデンティティーのあり方を見直す時期に来ている。加えてグローバル化により人の移動はますます活発になり、インターネットの普及により言葉や国、文化の違いを越えて様々なアイデアの提案、コミュニケーションがおこなわれ、さらに多様に細分化していく価値観や文化に対応し、今までの枠組みを超えて自分の帰属性を見出すこともある。

 日本に里帰りした時、「オーストラリアに帰る」と言うと、まわりの人に「帰る、なんて、もう身も心もオージーになっちゃったんじゃないの?」と返されるが、私自身、オーストラリアを"home"だと思っている移民である。

 でも100%オージー(仮にそんなものがあるならば)になってしまったのではなく、同質で単一文化的な日本では意識したことのなかった日本人・アジア人としての自分、そして移民としての自分を認識していくことで、オーストラリアでの自分の居場所(アイデンティティー)を見定めることができるようになってきた、という気がする。

 異なる価値観や文化を受け入れるということは、ある意味別の視点から見た世界観を体験する、ということではないだろうか。そして先入観や偏見、バイアスといった境界線を飛び越え、自分の持っていた世界観の限界を広げることができる自由を与えてくれると思う。

 そしてその自由をもって、従来の国という枠組みや"何人"としての限界を超え、パーソナル、ローカル、グローバルに対応できるアイデンティティーを持っていけるはずだ。

1.2001年8月オーストラリアの海域内で433人の難民を乗せた船が沈みかけているのを、通りかかったノルウェーのタンパ号が救助、オーストラリアに向かったがオーストラリアは難民たちの入国を拒否。結局はオーストラリアが資金提供し、ナウルとニュージーランドが難民たちを受け入れることに落ち着いた。オーストラリア内で認定された難民に関しては自動的に保護義務が生じることから、庇護希望者の不法な入国を未然に防ぐもの。

2.Al-Hayat Arabic Newspaper

Level 2, Suit 208
The Chase Centre
25 Smart Street
Fairfield NSW 2165
phone: (02) 9728 9004
fax: 9728 9005 ABN

3.1991年のマケドニア共和国独立の際、その国名に関して隣国ギリシャが抗議、反対を唱えたが、この対立はオーストラリア内のギリシャ人コミュニティとマケドニア人コミュニティにまで波及し、関係は一時緊迫したものになった。また数年前セルビア系のサッカー選手がクロアチア・コミュニティのサポーターが多い相手チームとの試合で、三つ指を胸にあてセルビア軍の敬礼ジェスチャーをしたことから、クロアチアン・サポーターの反感を買い、選手に暴行を加えようと大騒ぎになった。このようにオーストラリア国内でエスニック・コミュニティ間の対立が起ることに憤りを感じている人も多い。

4.We Are All Boat Peopleのキャンペーン-オーストラリアのシンボルであるオペラハウスで。写真提供: We Are All Boat People (http://www.boat-people.org/)


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