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チョプスイ(CHOP SUEY) -カリフォルニア・ダイバーシティ Vol.6

リトル東京のあるレストランの話

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飯田恵子 東京都 飯田恵子 東京都
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2008-07-16
 

中華レストラン "チョプスイ(CHOP SUEY)"

 チョプスイ(CHOP SUEY)は、ロサンゼルスのリトル東京のメイン通りに面している。一見したところ、古ぼけた街によくある何の変哲もない中華料理屋だ。

 古く見えるのもそのはずで、戦前から70年近くにわたりリトル東京に昔の面影を残したまま鎮座している。その長い間には、もちろんオーナーが変わったり、店の名前が変わったりしたし、時にはしばらくずっと幽霊屋敷のように廃業していたこともある。

                お店の入口


 そんなチョプスイは、最近新たなオーナーを得て、少しレトロでカジュアルなバーとして再オープンし、近隣のビジネスパーソンや学生たちの人気を集めている。

 私もベトナム系アメリカ人の同僚に連れていってもらってから、お気に入りで、女性たちだけでもゆったり話しながらコーヒーを飲んだり、お酒を飲んだり、ちょっとつまんだり楽しめるリトル東京の店として利用していた。

 でも、ある時、たまたま仕事で知り合い、そのうち週末もプライベートで会うようになった日系アメリカ人の友人から、彼女のファミリーの歴史が関わったこのレストランの話を聞いて以来、少し特別な目でこのお店を見るようになった。

歴史を感じさせる店内のインテリアの数々


 ご存じの人もいるかもしれないが、戦前に日本からアメリカへ移住した日系人は、第二次世界大戦で日本がアメリカの敵国になった時に「敵性外国人」とみなされて、家財道具や住んでいた家を取り上げられ、砂漠などにつくられた強制収容所に入れられたという歴史を持っている。

 このような日系人に対するアメリカ政府の処遇については、同じく、当時アメリカの敵国だったドイツ系やイタリア系が強制収容所に入れられなかったことから、明らかな人種差別だと指摘する人もいる。

 この当時の日系人と強制収容所の様子については、私が大ファンのリンキンパークのマイク・シノダも、自身で立ち上げたグループ、フォートマイナーの「KENJI」という曲の中で歌っている。

  Ken was not a soldier,
He was just a man with a family who owned a store in LA,
(ケンは兵士ではなく、ロサンゼルスに店を持ち、家族と暮らすどこにでもいる男だった。)
     <中略>
Just like he guessed, the President said, 
(ケンジが心配していたことを、アメリカの大統領は言った。)
"The evil Japanese in our home country will be locked away,"
(アメリカにいる邪悪な日本人は、今後、隔離して塀の中に閉じ込める。)
They gave Ken, a couple of days,
(彼らはケンジに数日間の猶予を与えた。)
To get his whole life packed in two bags, 
(彼が人生で得た全てを、2つのカバンに詰め込ませるために。)
Just two bags, couldn't even pack his clothes,
(たった2つのカバンだけ。洋服さえ入りきらなかった。)
 Fort Minor 「KENJI」より(意訳:飯田)

 当時の資料を見ると、歌詞の通り、疲れた顔をしてカバンを二つ持った日系人の写真がよく出てくる。そして、その日系人たちを乗せた強制収容所行きのバスは、このチョプスイの前の通りから出発していたのである。

 私がその友人から聞いた話によると、当時チョプスイを経営していたのは、人の良い中国系の男性で、長くリトル東京で商売をしていて、彼女の曽祖父も含めた日系人の友人が大勢いた。彼は、同じアジア系としてアメリカの人種差別的な政策に憤りつつ、その日系人の友人達の家財を預かれるだけ預かって、チョプスイの地下にこっそり隠して保管しておいてくれたそうだ。

 その後、強制収容所政策が終わり、無一文になって戻ってきた友人たちを彼は暖かく迎え入れ、こっそりタイミングを見計らいながら少しずつ全てを返していってくれたのだという。

 他にも、この人の良い中国系の店主は、どこにも行き場のない見ず知らずの日系人に対しても店の2階を寝床として提供して、出世払いとして無料で食べ物を提供したりするなど、当時チョプスイは、あらゆる意味でリトル東京の日系人の拠り所にもなっていたらしい。

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 今は、おしゃれでレトロな居酒屋として平和に繁盛しているチョプスイで、かつて戦時中に様々な人たちの人生が繰り広げられていたことを知ると、とても不思議な気持ちになる。

 そして、日常ではあまり語られることのない、けれど、アメリカのダイバーシティやエスニシティをみていく上で大切な歴史の視点がこの話には隠されているように思えるのである。
  


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