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『ライカ・スペース・プログラム』聴衆参加型パフォーマンスの試み (2)/ヒトに効くアート Vol.1

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高橋幸世 バンクーバー、カナダ 高橋幸世 バンクーバー、カナダ
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2007-02-15
 

 デザインされた依存関係

 さて、このようにして入口で役割を与えられた観客達は、パフォーマーである「ガイド」に導かれて、上演スペースのあちこちに設置された5つの「感覚のステーション」をグループごとに巡っていく。この時、ライカ役の観客には「首輪とベルト」、ノミ役の観客には「アイマスクとヒモ」が配布される。

 ちょっとイメージするのが難しいかも知れないが、一人の「ライカ」の腰のベルトから出た5本のヒモの先に5人の「ノミ」が結びつけられ、更に5人の「科学者」が目隠しされたノミの一匹ずつを助ける。LSPではこの11人の観客にガイドを加えた12人一組がいわば運命共同体として一緒に行動することになる。グループの様子を図示すると図1のようになる。

[図1 LSPのグループの様子 ]


 ここで重要なのは、観客がお互いに協力し合わなければ、どうにも動きのとれないような状況が故意に作り出されているという点だ。このデザインされた依存関係の故に、その場で出会ったばかりの観客同士が、恥ずかしかろうと、面倒臭かろうと、なんとかコミュニケーションを取りながら協力し合い、次第に信頼関係を結び、共同作業としてパフォーマンスを体験していくことになるわけだ。 

 一線を超える瞬間

 観客が、ただ舞台を見つめるだけの存在から、参加する存在への一線を超える瞬間はいつもスリリングだ。舞台と観客席との物理的な距離が近かったとしても、観客がその一線を超えて行けるとは限らない。しばしば、心理的な見えない厚い壁が、演じる者と観客との間に立ちはだかっている。LSPではこの舞台/観客という一線だけでなく、観客同士の間にある境界線も同時に超えてしまおうというのだから、この一線を超える瞬間をどう演出するかには特に心を砕いた。

[入口で観客に十分な情報を与える]


 観客をパフォーマンスの内側にスムーズに誘うためには、まずこのパフォーマンスの世界が「アート」という枠組みによって護られた安全で自由な遊びの場であることを観客が了解する必要がある。伝達方法はいろいろとあるだろうが、LSPでは「ここはライカ犬の宇宙旅行をシミュレートする実験室です。これから皆さんにライカと、ライカと一緒に旅をしたノミになって、この架空の宇宙空間を旅して、ライカとノミの五感を体験してもらいます」といったストレートな情報を、しょっぱなに観客に明かしてしまうことにした。こうすることによって、観客はこのパフォーマンスの性格と、その中での自分の役割をダイレクトに把握することができ、不必要な不安を抱かずに済んだのである。

[観客が一線を超える瞬間]


 首輪をつけられたり、目隠しをさせられたりと、その設定自体が不愉快だと思われるかもしれないが、これらの小道具は「コスチューム」として配布され、素材やデザインもシンボリックでポップなものを用意したため、観客の拒否反応はほとんど見られなかった。むしろ、ロールプレイングゲームの世界に入り込む感覚で、観客は意外と簡単に、楽しそうに「遊び」のモードを受け入れてくれた。

[ノミとつながるヒモのぶらさがったライカのベルト][


一線が消える瞬間

 もちろん、観客はそれでもなお、その遊びの場に参加するかしないかのぎりぎりのところにまだ立ちすくんでいる。パフォーマンスの設定自体が想像上のものであり、子供じみてさえいる遊びの世界であることを了解した観客を、シラケさせることなく遊びの場へ一歩踏み込ませ、一線を超えさせるのが、パフォーマンスデザインの役目であり、更に言えば、パフォーマーたちの技量でもある。


ガイドが観客のグループを誘導していく]


 奇妙に思われるかも知れないが、LSPの上演には役者としての経験のないアマチュアや一般の人を積極的にパフォーマーとして採用することにしている。なぜなら、LSPのパフォーマーに求められている技量、つまり観客参加を成功させるためのカギは、「演技しないこと」にあるからだ。パフォーマーたちは、「演技」をするのではなく、普通に人が人をもてなす感覚で、観客に「出会う」だけでよい。役者としてではなく、役割を遂行している自分自身として観客たちと出会い、彼らを親切に導き、臨機応変に場に対応していくだけでよいのだ。

 LSPの主役はあくまで観客なのだから、パフォーマーが “演技” することで、観客を “観客席に逆戻り”させる必要はない。実際、ガイド役のパフォーマーたちには、とにかく観客によく耳を傾け、問題が起きたら、自分の判断で解決していくようにとだけ、ずいぶん大雑把な指示を与えた。彼らは初めはやや困惑していたようだが、すぐにその状況を楽しみ始めたようだ。

[観客同士が助け合いながら進んでいく]


 おおまかなパフォーマンスの骨組みは決まっているが、その細部は個人個人の判断に任せられている。こうすることで、パフォーマーたちはリスクを負いながらも観客との真のリアルタイムのコミュニケーションを体験し、それに自らの個性でフレクシブルに対応し、その人なりの味付けしていくことができるわけだ。このリアル感、ライブ感覚がLSPの大きな特徴であり、観客とガイドの間の人間的な関係が観客とパフォーマーという通常の境界線を、超えるまでもなくいつの間にか消し去ってしまっていたとも言える。(つづく)


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