reports

ART

back
prev_btnnext_btn
title

チナティ体験 “スローアート”/人に効くアート – vol.4

leader from from
高橋幸世 バンクーバー、カナダ
day
2008-08-24
 

ゆっくりと出会うアート

 西テキサスの人口2400人余の街マーファに、チナティという一風変わった現代美術館がある。最寄りの空港からでも車で3時間。仕事や買い物の帰りに気楽に立ち寄れる都会の美術館とは正反対のコンセプト。そこに辿り着くだけで時間もお金もかかるから、こちらの覚悟も相当なものだ。

 オースティンを出発して西へ、もう5時間。時速100キロ近くで車を飛ばしているが、目的地はまだまだ遠い。テキサスの乾いた土と空を眺めながら、ふと<スロー・アート>という言葉が頭をよぎる。ゆっくり時間をかけてアプローチしなければ出会えないアート。ミニマルな景色が続く単調な時間の反復の中で、知覚が次第にクレンジングされていく。

 チナティは、都会のごちゃごちゃした景色に慣れた感覚では捉えきれないくらい「でかい」。もともと軍隊の駐屯地だった340エーカー(約137ヘクタール)の敷地に数十棟の建物が点在し、基本的に建物一棟に一作家(一作品)という贅沢な展示方式が貫かれている。

 テキサスの壮大な風景による知覚の洗濯は、チナティと出会うために必要な助走のようなものだ。ゆっくりとアートに近づいて行く旅の時間が、チナティでのアート体験の本質とダイレクトに関わり、それをより豊かなものにしてくれるのだ。

上空から見たチナティ(写真提供:the Chinati Foundation)


作家主導型の展示

 チナティはミニマル・アートの巨匠ドナルド・ジャッドがNYのDia美術財団の助成を得て1979から作品の設営を開始し、The Chinati Foundationという非営利財団によって運営・公開されている現代美術館である。ジャッドは作品が設置される文脈や環境との相互作用に敏感なアーティストだった。

 もともとマーファに仕事場を持っていたジャッドは、通常の美術館や画廊での展示方法に疑問を持ち、自らの大規模なインスタレーション作品とジョン・チェンバレン、ダン・フレイヴィンの作品を「恒常的に」展示するためのスペースとしてチナティを創設し、次第に他の作家の作品もコレクションに加えていった。

 チナティのミッションは「限られた人数のアーティストによる恒常的な大規模インスタレーションを保存し、一般に紹介すること」。1991年のジャッドの死後も美術館は財団によって運営され、現在12名の作家の作品が常設展示されている。

 ジャッドの作品は、これまでにもあちこちの現代美術館で目にしたことがあった。しかし、周りの作品や、美術館の屋根や壁に邪魔された姿はいかにも窮屈そうで、「ミニマル・アートってこんな感じか…」という知的興味しか与えてくれなかった。チナティで出会ったジャッドの『100 untitled works in mill aluminum』は2棟の旧大砲格納庫を改築して作った巨大な展示室の中で、静かに、いかにも伸び伸びと息づいていた。沈黙の中に整然と並ぶ100の箱。ミニマル・アートとは何か、一瞬のうちに「体得」させられたような強烈な体験だった。

Donald Judd, 100 untitled works in mill aluminum, 1982-1986, detail.Permanent collection, the Chinati Foundation, Marfa, Texas, photograph by Florian Holzherr, 2002


 キュレーターという第三者の介入や、美術館という制度の制約を受ける時、作家が作品において意図したものは、どれだけ生きうるのか。通常の美術館という場所は、ひょっとしたら総花的な「アートのショーケース」にすぎないのかもしれない…。チナティの鮮やかな「体験」に身を委ねながら、そんな疑問が浮かんで来た。

息づくアート体験を求めて

 チナティの所有する作品は「常設」で、そのいずれもが周囲の環境を生かす形で慎重に設置されている。逆に言えば、「チナティ」という場と作品の力が一体となって完結する作品しか、ここには展示されない。ここにあるもの(ここでの体験)は、別の空間への移し替えが不可能というわけだ。

 チナティがあなたの街に巡回していくことはない。こちらから出かけて行くしかないのだ。なんだか面倒臭い話だが、野生動物の生息地をそっと訪れるようなスタンスがチナティには相応しい。気楽に楽しめる身近なアート体験もいいが、そのアートが一番心地よく居られる場所まで冒険旅行をして、アートが一番輝いている瞬間をそっと覗いてくるようなアート体験も捨て難い。

 近年日本でも、場と作品とを結びつけたアート体験がしばしば提案されるようになった。瀬戸内海の『ベネッセアートサイト直島』や、新潟の里山で開催される『越後妻有トリエンナーレ』などがその好例だ。もっとも、こうした場所で目にする作品の一つひとつがどこまで厳密に場の固有性と結びついて設置されているのかには議論の余地がありそうだ。

 はるばる足を運んでも、その場にそのアートがある必然性が感じられなければ、強烈なアート体験は生まれない。アートを訪ねるというコンセプト自体がアートマーケットの「仕掛け」にすぎなくなる危険性を常に孕んでいることには注意しなければならないだろう。

 ジャッドの個人的な信念と人脈によって始まったチナティは、彼の死後、さまざまな運営上の問題に直面しているという。アーティストの意図するものやアート体験の純粋性をどこまで守って行けるのか。美術館という「アートの動物園」があちこちに乱立し、アートとの出会いがどうかすると希薄なものになりがちな今日、ストイックなまでにアートの居場所とその本来の輝きにこだわるチナティは、アートとの(本当の)出会いをもう一度考えてみるための、一つの手がかりになるかもしれない。

Donald Judd, 15 untitled works in concrete, 1980-1984, detail. Permanent collection, the Chinati Foundation, Marfa, Texas,photograph by Florian Holzherr, 2002


写真提供:The Chinati Foundation


音を見る、心を聴く –『オーディウム』 /人に効くアート – vol.5
暗闇 -ダイアログ・イン・ザ・ダーク
人のつながる場所  吉祥寺「Kiss Cafe」(2)/ヒトに効くアート Vol.3
人のつながる場所  吉祥寺「Kiss Cafe」(1)/ヒトに効くアート Vol.3
アートスペース “ブリム”って何?/ヒトに効くアート Vol.2
『ライカ・スペース・プログラム』聴衆参加型パフォーマンスの試み (3)/ヒトに効くアート Vol.1
『ライカ・スペース・プログラム』聴衆参加型パフォーマンスの試み (2)/ヒトに効くアート Vol.1
『ライカ・スペース・プログラム』聴衆参加型パフォーマンスの試み (1) /ヒトに効くアートVol.1

このエントリーをはてなブックマークに追加





クリエイティブ・コモンズ メンバー募集 メルマガ 受託型リサーチ レアリゼブックストア サポーター募集 twitter mixi face Flickr