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音を見る、心を聴く –『オーディウム』 /人に効くアート – vol.5

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高橋幸世 バンクーバー、カナダ 高橋幸世 バンクーバー、カナダ
day
2008-12-27
 

耳で見る音の彫刻

 サンフランシスコのジャパンタウンから程近い一角に、Audium(オーディウム)という一風変わったアートホールがある。昼間はひっそりと門戸を閉ざし、うっかりすると見逃してしまいそうな奥ゆかしい佇まい。地元の人にもあまりその存在を知られていないのだが、実はこの施設、好事家の間ではちょっと知られた世界的にも珍しい「音の劇場」なのだ。ここで毎週金曜日と土曜日の夜に定期コンサートが行われている。

ひっそりとした佇まいのオーディウム外観


 「音の劇場」と言っても、普通のコンサートホールとは全く様子が違う。会場の中は真っ暗で、通常の意味での演奏家も楽器も見当たらない。強いて言えば、楽器は壁や床・天井に設置された169個のスピーカーで、演奏家は、特別にデザインされたミキシングテーブルを操作する作曲家自身、ということになる。

 1940年代以降、録音機やスピーカー、コンピューターといったテクノロジーの発達と共に、伝統的な作曲方法とは違うアプローチで音楽を作る人たちが現れた。一般的にはこうした音楽は「電子音楽」、「エレクトロアコースティック音楽」などと呼ばれ、その特徴の一つに「空間」という要素を強く意識している点がある。
 こうした音楽の「演奏会」ではたくさんのスピーカーを並べた「スピーカーのオーケストラ」を使って音を空間の隅々にいろんな角度から行き渡らせたり、空間の中で音を動かしたりといった、音と人との新しい関係がしばしば試みられて来た。

 サンフランシスコの作曲家スタン・シャフ(Stan Shaff)氏と音響技師のダグ・ミクイカーン(Doug McEachern)氏によって50年代後半に構想されたオーディウムもまた、この新しい音楽の流れを汲むが、常設で、しかもそのスペースのために作曲された作品を定期的に上演するホールは他に例を見ない(1967年に最初の常設オーディウムシアターが完成。1975年に現在の場所に移転)。

 オーディウムのキャッチフレーズは「音の彫刻のためのスペース」。プラネタリウムが星を投影するように、オーディウムは緻密にデザインされた音を投影する。ありそうでなかった、音だけを純粋に聴く劇場。それがオーディウムなのだ。

169個のスピーカーに囲まれたオーディウムの内部(写真提供:Audium)


オーディウム体験

 建物に一歩足を踏み入れると、すぐに異次元に迷い込んだような感覚にとらわれる。エントランスとロビーのあちこちに設置された小さいスピーカーから流れる音が、外の喧噪に慣れた耳を静かに掃除していく。赤いライトに照らされたロビーの奥にはスター・トレックの宇宙船さながらの多角形の入口が見える。設備の古さは否めないが、70年代に逆戻りしたようなレトロな空間が、不思議な郷愁をかきたてる。

 上演時間ぴったりに、宇宙船の入口に突然初老の男性が現れ、「ようこそオーディウムへ!」と観客を招き入れてくれる。この男性が創始者のスタン・シャフさん。彼の後について、暗いオーディウムの中にゆっくりと進む。ドーム状のスペースには円形に49個の座席が設置され、天井から吊るされたスピーカーが薄暗い中にかろうじて見える。

 観客が席につくと、照明が完全に落とされる。暗黒。隣の人の姿どころか、自分の手も見えないくらい真っ暗だ。音が空間を飛び交い始める。音を操るのはシャフさん本人。録音作品の再生だが、リアルタイムに音を空間のあちこちに動かしてその都度「演奏」するので、生の息づかいが感じられる。

 視覚の影響を受けずに音を聴くという体験は、ありそうでいて、日常生活の中には実はほとんどない。「音の彫刻」という言葉が示すように、オーディウムの闇の中で出会う音たちはまるで色や形、手触りがあるように感じられる。闇のスクリーンに音が描く抽象絵画、と言ってもよい。つやつやと磨かれた金属を思わせる硬質の音、尾を引く彗星のように明るく速い音、緩やかな波の如くうねり続ける低音、抽象的な音に混じって、遠くからやってくるマーチング・バンドのサウンドスケープ…。
 
 音の動き回るエネルギーや質感はとても鮮明で、闇の中で音と真正面から向き合う体験は強烈でもある。そのため、途中で怖くなったり、気分が悪くなったりする人すらいるらしい。

音の力と出会う

 iPodの流行が象徴するように、ヘッドフォンから直接脳の神経を刺激するようなものとして音が受容されることが多い今日、音に包み込まれるオーディウムの音体験は新鮮だ。視覚を遮断して音だけと出会う体験は、どこか胎内回帰を思わせもする。音の美的な善し悪しというレベルを超えて、音というものが人の記憶や心の深いところまで到達する力を持っていることを、オーディウムは思い出させてくれるのだ。

 「耳で音を見て、体でイメージ/夢/記憶としての音を感じて欲しい」とシャフ氏は言う。オーディウムの楽しみ方は人それぞれだが、音を通しての内省の時間が私には面白かった。遠い過去の記憶や鮮烈な感覚の断片がポッ、ポッと心のスクリーンに浮かんでは消える。懐かしさと感傷的な気分。宇宙の真ん中に放り出されたような感覚で見つめる自分自身の現在。不安、安らぎ、希望…。
 抽象絵画が観客の内側に働きかけ、個人個人の私的な体験とつながった像を浮かび上がらせるように、オーディウムの音の彫刻もまた、私たちの内側を刺激し、目覚めさせる。オーディウムはその外観の通り、音を通して心の内側への冒険旅行に誘うレトロな宇宙船でもあるのだ。

作曲家/創設者のスタン・シャフさん。毎週のコンサートの 演奏者でもある(写真提供:Audium)


 日本でもバブルの頃には音によるリラクゼーションルームなどというものが登場したが、バブル崩壊と共にいつの間にか消えてしまったようだ(かなり赴きが異なるが、音を純粋に楽しむパブリックな空間として存在した「名曲喫茶」も、すっかり姿を消してしまった)。だが、情報過多で五感が麻痺し、人々が常に癒しを求めているような今だからこそ、オーディウムのような場所が必要とされているような気がする。

 音を通して静かに自分と向かい合う場所。音とマジメに向き合いたい人たちの秘密基地。映画館やプラネタリウムと並んで、音を「上映」する興行スペースが、フツーに都会の街角に現れたら、ちょっと面白いかもしれない。


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