reports

LIFE STYLE

back
prev_btnnext_btn
series
title

都市農地を活用する試み(3)-倉沢里山の会

leader from from
伴昌彦 東京都
day
2009-04-16
 

 これまで2回にわたって、都市農地を活用する試みを紹介してきた。1回目の「くるめ・一歩の会」、2回目の「小平菜の花プロジェクト」のいずれも、都会に残された農地を、農作物の育成やコミュニティづくり、環境教育などに役立てているが、土地相続の問題が発生すると、活動の継続が危ぶまれるという問題があった。
 3回目の今回は、土地所有者が行政に土地を寄贈する形で、こうした問題の解決を図った「倉沢里山の会」を紹介する。

倉沢里山を愛する会

 東京都日野市の百草・倉沢地区の雑木林は、閑静な住宅地の小高い丘陵に残された、クリ、クヌギの雑木林や竹林である。周囲には市民農園やリンゴ園、養鶏場などもある。こんもりとした雑木林に囲まれた傾斜地に畑が広がる風景には、山里の風情がある。倉沢里山は日野市内に残された最後の里山とも言われている。

 里山に隣接する市民農園では、雑木林の落ち葉から作られた堆肥が使われ、小規模ながら雑木林が本来持っていた資源循環の仕組が維持されている。

 これまで都市の農地、樹林地の多くは、莫大な相続税の支払いのために宅地として売却され、消えてきた。静かな倉沢の里山にも相続問題が生じたのは2001年のこと。通常ならば、ここも宅地に変わっていただろう。しかし、相続関係者や市民の情熱と努力、それに応じた行政の協力によって倉沢の地の緑は守られた。

 緑地を守る運動の先頭に立ったのは事務局の田村夫妻(裕介さん・はる子さん)だ。はる子さんは、故郷である倉沢の里山の良さを地域の人々に知ってもらうため、前年の2000年に里山の散策会を実施していた。それが契機となって、日野市有の緑地での下草刈りや落葉掃きのボランティア活動が始まり、次第に参加者が増え、やがて「倉沢里山を愛する会」が結成された。


市民ボランティアによる緑地管理

 2001年に相続の問題が発生した際、田村夫妻は相続人を代表して市と交渉し、緑地と農地を市に寄贈した。嬉しかったのは、山を残すための要望書を市に提出する時に、田村夫妻だけではなく周りの農家3軒もそれに賛同してくれ、実際の相続に際しては、土地を寄付するなどして緑地を公有化してくれたことだという。

 緑地を市有地として共有化するにあたって、日野市は条件を出した。それは、市有地となった後も、市民ボランティアが緑地を維持管理していくということだ。この条件の下で、公有地化以前からボランティア活動を実践していた「倉沢里山を愛する会」が緑地保全活動の担い手となることが決まった。

 2004年には日野市とのパートナーシップ協定が結ばれ、里山の維持管理における市民ボランティアの主体的な役割が明文化された。パートナーシップ協定では、倉沢里山が循環型社会システムの実践の場として位置づけられ、農への活用など里山の循環活動の実践が謳われている。

 現在の会では、月に2回、保全緑地の落ち葉掃きや下草刈りなどの管理作業を行なっている。共有化とは言っても、狭い面積に大勢の人が入ると、動植物の生育に悪影響を及ぼす恐れがあるため、誰でも緑地に入れるようにはしていない。しかし、里山の自然の素晴らしさを知ってもらうため、地域の人々に里山を解放する日も設けている。解放日には、子供たちを対象とした自然体験も行なわれる。

アリスの丘ファーム

 倉沢里山にとってもうひとつ重要な要素が、倉沢の緑地に隣接する市民農園「アリスの丘ファーム」だ。アリスの丘ファームは民営の市民農園として、地域の人々に親しまれてきた。こちらも相続問題が生じた際、雑木林と一緒に市に寄贈された。公有地となった現在も、以前と変わらず多くの人々の集う場所となっている。

 一般に市民農園は人気が高く、申込んでも抽選にかけられることが多い。運良く当選しても、利用期間は通常2年間のみ。これでは、ようやく土作りか出来たと思ったらお仕舞いになってしまう。また、前の人がどんな作物を作っていたかも分からないので連作障害が出る場合もある。アリスの丘ファームの良いところは、利用期間の限定がないので、ある程度長期的な展望を持って出来ることだ。

 アリスの丘ファームを利用している人達は、雑木林の管理活動にも参加することになっている。彼らが林床を掃いて集めた落ち葉が、畑の堆肥となり、循環の仕組が成り立っている。雑木林で切った材をホダ木にしてシイタケも栽培されている。シイタケやクリの実といった林産物も、管理活動の参加者の楽しみだ。

 作物は自分で食べることが前提なので、虫も農薬を巻いて殺すのではなく、一匹一匹潰していくという手間をかける人が多い。野菜作りに関しては一家言持つ参加者が多く、杭の立て方ひとつにしても意見が分かれたりする。もちろん仲が悪いわけではない。一区画では、一家族が自給できるくらいの野菜がとれるので、作物を周りの人と交換したりもするそうだ。

 こんな風に、農作業を通じてコミュニケーションが生まれている。田村さん夫妻いわく、この会が長続きしている秘訣は、楽しみながらやること。雑木林の管理活動の後には、毎回、芋煮、シチュー、お汁粉など等の料理が振舞われる。調理をする側は大変だが、この楽しみがあるから会の活動が続いているとも言える。


コミュニティづくり

 里山を愛する会が農作業や森林管理の作業を通じて作り出しているのは、コミュニティでもある。それまで地域と何の関わりもなかったサラリーマン達が、定年退職後に地域の活動に加わる機会を提供しているのだ。はる子さんによれば、裕介さん自身も、会社人間だったそうだ。はる子さんは「あなたもこの活動がなければ、人の奥さんと話すことなんかなかったでしょう」と笑っていた。

 裕介さんの理想は、周辺の農家を巻き込んで産直などの活動を展開することだが、農家にもそれぞれ事情があるだろうと言う。しかし10年間、地道な活動を続けてきたことで、次第に周囲の見る目も変わってきた。最初のうちは相手にもされなかったが、現在は日野市とのパイプもでき、講演などに呼ばれて話をする機会も多くなった。

 また最近、近所の農家が体調を崩したため、田村氏が自宅の庭でその農家の野菜を販売したり、里山の会のメンバーが農作業を手伝ったりするなど、会として援農への取り組みも始まった。

都市農地の存続のために

 3回にわたって紹介してきた団体は何れも、農地の存在がコミュニティや生きがい作りの核となっていたが、市に寄贈された倉沢の緑地以外は、相続の問題などで、いつ消えてしまうか分からないのが現状だ。

 「一歩の会」の宮秋さんは、市民農園や体験農園が各地で多く生まれている実態を鑑み、都市農地を、社会資源・社会施設として、私有地でありながらコモンズ的空間として位置づけ、そのために広く市民に農地の管理を任せる仕組みを作ることが必要だと考えている。

 都市農地の持つ価値や、市民の果たす役割を正当に評価し、公益性のある市民農園などに供する場合は納税猶予の対象にするなど、そろそろ制度上の抜本的な見直しをしていく時期に来ているように思う。そうでなければ近い将来、農地は都市から姿を消してしまうだろう。


都市農地を活用する試み(2)-こだいら菜の花プロジェクト
都市農地を活用する試み(1)-東久留米市一歩の会
空飛ぶモニョンゴロ村

このエントリーをはてなブックマークに追加





クリエイティブ・コモンズ メンバー募集 メルマガ 受託型リサーチ レアリゼブックストア サポーター募集 twitter mixi face Flickr