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経済危機と「価値」の問い直し 〜あるアーティストの提案〜

“UNSTABLE CIRCUS(不安定なサーカス)”

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今成彩子 フランス パリ郊外
day
2009-07-01
 

“UNSTABLE CIRCUS(不安定なサーカス)”

 2007年の米国住宅バブル崩壊に端を発した国際的な金融危機。その影響は瞬く間に世界中に広がり、2008年終わり頃から日本やEU諸国でも失業率や商業の縮小という現実的な形でその深刻さが目につくようになった。

 2009年2月、パリに住む私の周辺でも異変は起きていた。勤め先での大幅なリストラだ。私はリスト入りを免れたが、上層部の決定でひとつの部署が閉鎖されることになった。聞けば、これはこの先の経済状況を見越して先手を打つための動きだという。リストには勤続10年以上のスタッフも含まれていた。彼らには家族もあれば子供もいる。いくらフランスの失業者支援が手厚いとはいっても、リストラ対象者の不安は大きい。いつ次の仕事が見つかるのか?家のローンはどうなる?子供の教育費は?不安が拡がる。

 そんな時、パリで興味深いアートエキシビションに出会った。タイトルは「Unstable Circus(不安定なサーカス)」。I-Wei(イーウェイ)とPierre Bongiovanni(ピエール・ボンジョヴァーニ)という二人のアーティストによる展示だ。惹かれたのは、この展示がまさに不況をテーマに展開され、不況下で迷う社会に『価値の問い直し』という提案を示していた点だった。


 円形の会場に入るとまず、真ん中の天井からきらきらと輝く何かが、凍った滝のようにつり下げられてるのが目に入る。よく見ると、それはセロハンテープを繋ぎあわせただけのものだったが、遠目には美しいオブジェとして映る。
 そして、その周りを囲むように小さなテーブルが4つ置かれ、それぞれの上に一見接点のないものが置かれていた:日常の風景を撮影した個人的な写真、IKEAのカタログ、禅庭園(京都の竜安寺の中庭に代表される、小石を敷き詰めた庭に線を描き禅思想を表現した庭)のミニチュア…。そして、入り口から反対側の奥では、無料のアユールベーダマッサージが行なわれていた。
 
 展示は、これだけのシンプルなもの。だからこそ、アーティストが一体何を考えているのか、知りたくなった。そこで、I-Weiにインタビューを願い出て、まずはこの展示が何を表現しているのか尋ねた。

「誰にでも、守りたいものがあると思います。その数は、生活が安定すればするほど、収入が上がれば上がるほど、増えていくようです。それは例えば、家や車や本や宝石のように形あるものもあれば、地位や安全や自由といった無形のものもあるでしょう。そうした全てが守りたいものであり、それぞれの人にとっての『価値』です。

 ところが、現在わたしたちが直面している経済恐慌は、そうした『価値』を脅かします。例えば、昨年まで多額のボーナスを支給されていた人が、今年はボーナス無しと告げられれば、価値のひとつだった休暇やショッピングの楽しみを諦めなくてはならないでしょう。他方、個人経営の店が閉店に追い込まれたとすれば、店主は自分の店という大きな価値を失い、さらに家族の団らんや将来へのを安心感を失うかもしれません。このように、不安定な経済は『喪失すること』への恐れと密接に結びついています。

 でも、わたしたちはこの状況を、ある一つの前向きなチャンス、と捉えることを提案したいと思います。個人にとっても、社会にとっても、これまで守ってきた価値を見直し、別の価値に目を向けるチャンス、と。」

「身体という原点に戻ることも、ひとつの価値の再考だ」とPierre (Photo by Laurent Theeten)


金融スペクタクル オリンピック

 「わたし自身は5年間ロンドンを拠点にアート活動をしていましたが、1年ほど前から極端に活動資金が得づらくなっていました。このまま食べていけなくなるのでは、と不安になるほど。ファンドを取るための書類作成に追われ、本業のアート活動ができない日々が続きました。」

 ロンドンの場合、2012年世界オリンピックの準備も、下降線を辿る経済状況に重なった。この二つの変化が、人びとの生活にダイレクトに影響しているという。

 「国がオリンピック誘致を決めてから、公的資金の流れががらりと変わりました。至るところで道路工事や地下鉄の整備が行なわれ、その影響で地下鉄はいつも以上にストップし、道路は混雑し、人びとが苛立ち言い争う光景が目につくようになります。

 また、芸術支援に充てられていた予算の30%が削られ、ロンドンでは100件もの小規模シアターが消えました。一方で、オリンピック実施予定地のストラスフォードでは、地域活性化のためにアーティスト呼び込み政策がとられ、アーティストには格安で活動場所や住居が提供されるようになりました。これは一見、アート支援のようですが、実は危険な誘惑です。アーティストの住むお洒落な街として定着すれば、地価がはね上がり、収入の少ないアーティストはそこに住み続けられなくなるからです。」

 オリンピックは巨大な金融スペクタクルだ、とI-Weiは言う。
 恐慌も、オリンピックも、国や世界レベルでの大規模な経済の動きだ。だが、その影響は確実に社会に浸透し、そこに住むひとりひとりの生活に染み込んでくる。収入が激減してから、出口のない感覚と焦りに悩まされていたI-Weiだったが、ふと、これまで守ってきたものが本当に必要なものなのか、と自問したという。

 「次第に、なぜロンドンに留まる必要があるのだろう、と考えるようになりました。ロンドンでは、活動資金や収入を得やすいのは確かです。5年の間に築いた人的ネットワークや、住み慣れたアパートや、アーティストとしての知名度もありました。しかし、経済の中心地だからこそ、その動向に大きく振り回されてしまうのも事実。大都市生活特有のストレスを感じることも多かったですね。隣人同士の無関心さや、アート活動への制約、人ごみの中で感じる窮屈さなど…。」

 しかし、十分に収入があった頃は、こうしたマイナス要素を認識してはいても、ロンドンを離れるというのは非現実的な構想でしかなかったのだという。

問い直しのすすめ

 収入が減り危機感が募って初めて、リアルな選択肢として「引っ越し」を考えることができた、とI-Weiは語る。

 「決心するまで、1年かかりました。ロンドンからドイツのベルリンへ引っ越すことに決め、それはとても大きな決断でした。わたしはドイツ語もできませんし、ベルリンに住む知り合いも多くありません。新鋭アーティストの多いベルリンですが、芸術家への支援はロンドンやパリのように充実していませんので、収入は期待するべくもありませんでした。」

 それでも、自由な活動ができるベルリンへ行こう、と決めた。

 「ロンドンに居てどうせ収入がないのなら、もっと自由に幅の広い活動ができるベルリンに拠点を移そうと思えました。実際に引っ越しをして、いま2ヶ月が経ちますが、すごく楽です。新しい基盤を形成するのは、体力も精神力も要りますが、とにかく決断してよかった。」

 多くの人にとって、いちど手にしたものを手放すのは、不安や、ともすれば痛みを伴うものだろう。特に、長い時間をかけて手に入れた名声や地位、それに伴う心地いい暮らしといったものがあれば、それを諦め、方向転換するのは、簡単なことではない。

 リストラを宣告されたり、収入が激減した人の中には、失うことへの不安に目を覆われ、絶望的な気持ちでいる人は少なくないかもしれない。だとしたら、少し落ち着いて「価値」を問い直す時間をとってみるのも、一案だ。そして、もしかしたら、人生の大転機がやってきたのかもしれないと想像してみてほしい。

「自分にとっての価値をつきつめると、新しい道が見えてくる」と言うI-Wei (Photo by Laurent Theeten)


【紹介】
I-Wei Li 台湾生まれ、カナダ育ち。カナダとイギリスでテキスタイルアートを学ぶ。社会の動きと密接に関わった、批判や提案を伴うアートを数多く発表。Side by Side Studio主宰。現在、ベルリンをベースに精力的に活動中。公式サイト:  http://www.sidebysidestudio.net/

Pierre Bongiovanni フランスのボルドー出身。アーティストであり、料理人であり、アユールベーダマッサージ施術師である。映像を使った作品が多いが、政治的パフォーマンスをすることも。新しいところでは「1000Kcal / 1eur」のパフォーマンスが成功を収めた。公式サイト: http://www.bongiovanni.info/


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