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オイルパーム(アブラ椰子)農園労働者ヘルさんへのインタビュー

leader from from
桜井ちの インドネシア、ジョグジャカルタ
day
2009-07-16
 

第2回共同リサーチのテーマは、「人と地球に厳しいパームオイルを避ける方法」でしたが、この問題を継続してリサーチするために、昨年メンバーの有志が『パームオイル・ユニット』を立ち上げました。このレポートは、ユニット活動の一環として、インドネシア在住の櫻井ちのが、オイルパーム農園の労働者に対して行ったインタビューです。


出稼ぎにチャンスを求めて

「日本で働きたい」、そう希望して日本語を勉強しているヘルさんという男性にインドネシアのジャワ島で会いました。

 ヘルさんは現在26歳、外国人研修生制度を利用して訪日したいようですが、少々年齢が高いようです。しかも工業高校を出たものの、技術畑で働いていた訳ではないと言います。どうやら外国人研修生制度の建前として謳われる技術の習得のためというよりも、出稼ぎの意味合いが濃いようです。
 と言っても、インドネシアから日本へ研修制度を利用して行くことを希望する多くの人が同様であるのが現実です。

ヘルさん26歳


 話しているうちに、彼がかつてスマトラ島のアブラヤシ(オイルパーム)農園で働いたことがあることが分かりました。スマトラ島の中部に位置するリアウ州は、効率的に安価なパームオイルを採るためのアブラヤシ(オイルパーム)農園が爆発的に増加している地域です。

 彼が働いていたのはマラッカ海峡に面した州都プカンバル市。ここからバスで3時間のウジュンバトゥ郡から、さらにバスで一時間走ったアリアンタン村です。ここから森の中に在る農園まで約20km、自家用車か、農園からの迎えの車が必要です。
 ウジュンバトゥ郡の中心街は、農園で働く人たちのために商店や食堂の並ぶ賑やかな街で、ジャワの地方の町よりも大きいぐらいだそうです。

 ヘルさんは、ジャワ島中部に住む、農家の6人兄弟の末っ子に生まれました。農家といっても自分の土地を持たず、両親は他人の土地で雇われて働いています。もちろん余裕のある家庭ではありませんが、貧富の差の大きなジャワでは特に貧乏の部類にも入らず、毎日働き食べるには困らないごく普通の青年です。

 そして彼の兄弟のうち、3人の兄がスマトラのアブラヤシ(オイルパーム)農園で働いており、そこで結婚して移住しているのだと言います。
 日本で働いてお金を貯めたい理由は、スマトラでアブラヤシ(オイルパーム)農園を開きたいからということでした。

 レアリゼで続いているパームオイル・ユニットのリサーチにちょうど良いお話が聞けそうで、彼にインタビューをしました。

アブラ椰子(オイルパーム)農園労働者ヘルさんへのインタビュー

Q:ヘルさんは最初どうしてスマトラに働きに行こうと思ったのですか?

A:私の実兄が3人とも、すでに向こうで働いていたのです。私を含めて4人とも同じアブラヤシ農園で働きました。給料はジャワで働くよりもずっと良いのです。もちろんジャワでも仕事はあるけれど、生活してそれでおしまい。スマトラでは生活費はあまりかからないし給料も良いので、わりと貯金することができるのです。

オイルパーム農園で働いていた頃


Q:お兄さんは政府の移住政策であちらに渡ったのですか?

A:いいえ、それとは関係ありません。自分で仕事を探して行きました、私は兄がすでに働いていて状況もわかっていたので行きました。

Q:出稼ぎと言うことですよね?

A:そうです。

Q:写真を見せていただくと一緒にいる人達もジャワ人のようですが、農園労働者にジャワ人は多いのですか?

A:はい、ジャワ人は多いです。

オイルパーム農園の仲間


Q:それは、どうしてでしょう?地元(スマトラ)にも働き手は多いでしょう?

A:地元の人はお金持ちであれば会社勤めを選ぶし、そうでなければ親の家の手伝いをしています。だいたいスマトラ人は見栄っ張りなので、きつい肉体労働を嫌がります。
 ジャワ人は一生懸命働くし、文句も言わないし、家族関係も良くて安定しているので雇う側も合うんでしょう。

Q:行けば誰でも農場で働くことができますか?

A:いいえ、体力がなくては仕事にならないので、事前に病院で身体検査やX線検査などの診断をされます。検査を通れば採用されます。

Q:農園の場所はどこですか?また、そこではいつから何年間働きましたか?

A:スマトラのリアウ州・ウジュンバトゥ県・アリアンタン村。2003年から2008年の8月まで、5年間働きました。

リヤウの風景


Q:会社の名前を教えてください。

A:PT.PADASA 6 UTAMAです。ここは国との合弁企業なのではないかと思います。実際に働いた農場はCV.(個人経営)で、スラバヤ出身の3人の社長が共同で作った会社のようです。800hの広さがありました。

Q:農園ではどこで生活するのですか?

A:社員は皆住居を与えられます、家賃は要りません。私の兄たちもそれぞれ結婚してそこに住んでいます。

Q:では仕事について聞かせてください。ヘルさんは農園では何の仕事をしていましたか?

A:angkut(アンクット)。トラックへの荷揚げと運転です。

Q:他にはどんな仕事をする人がいますか?

A:maneng(マネン)。実を採る係り。その2人が組んで一日収穫をして回ります。
 その他に、女性は落とした実が良く見えるように木の下草を刈る仕事。雑草を刈ったり除草剤を撒いたりする係もいます。

Q:アブラヤシの収穫はどのように行うのですか?

A:マネンが、竹かアルミの棒(椰子の木の高さがあるので15~20mくらいの長い棒ですが)に鎌をつけたもので椰子の房を切り落とします。刃がするどいので数回引っ張れば房が落ちます。
 アブラヤシの房は一房で30~50kgもする、重いものです。その上、とげの多い植物なので、手で触れません。それで専用の槍のような道具で刺して、手押し車の上に積みます。これを道路まで押して運んでいき、道端にきれいに並べます。
 この後、品質チェックが行われます。この後にトラックへ荷を積み、運転をして工場(CPO《パームオイル祖油》を作っている)へ運ぶのが私の仕事です。

オイルパームの実の収穫


Q:一日の収穫はどれぐらいですか?

A:ノルマは一日70房です。これ以上はプレミといって一房につき300~500ルピアと計算されます。調子が良ければ30房くらい採れます。

Q:給料はいくらでしたか?

A:収穫の量によって変わってくるのですが、だいたい100万から150万ルピアになりました。基本給は60万~80万です。マネンの方でも90万~100万ルピアにはなると思います。私は運転もできるので少し給料が良かったのです。
(この頃の為替レートは大体1円=80ルピア、ジャワ島本土で大工の給料が大体月50万ルピア程度)

Q:一週間のうち何日間働きましたか?

A:月曜日から土曜日までの5日間。これはどんなに雨が降ろうとも働かなくてはならないので、それがきつかった。
リアウではジャワよりも雨量が多いのです。いったん降ると土がぬかるんで手押し車を押すのが大変です。

Q:雨にぬれて風邪をひいたりしませんでしたか?

A:だから体力がなくては仕事を続けられません。もし病気をしたら会社から診察願いがだされ、それを持って病院へ行きます。農園のなかに病院など必要な施設はそろっています。診察や薬も無料です。休みが多いとその方が会社にとって損でしょう。

Q:労働中の事故などはありませんでしたか?

A:軽いケガはしょっちゅうです。アブラ椰子のとげには毒があって、傷になると膿んでしまうのですが、それにも慣れます。
 落ちてきた房の下敷きになって死んだ人がいると聞いたことがあります。

Q:植樹用の土地を新たに開く方法についてお聞きします。ヘルさんはどうやって森を農地にするのか知っていますか?森を燃やすことが問題になっていますが。

A:そうですか。けれどもスマトラではもともと焼いて農地を開くものなんです。燃やすのは5~10h程度で広い範囲ではありません。広い森のあちこちでいくつか開墾するので森全体が燃えているように見えるかもしれませんね。

Q:土地はどうやって買うのでしょう?

A:あちらはほとんど国に登記されていない土地です。ですから首長(ミナンカバウ族)の同意がなくては土地を買えません。けれども一旦首長が同意してサインがもらえれば、あとは村長、区長がサインして簡単に買うことができます。

Q:アブラヤシ(オイルパーム)農園開発による自然破壊が問題になっていることを知っていますか?先ほどの森を燃やすことにより、すでに数が少なくなっている野生動物が絶滅しそうなこと、洪水が引き起こされること。劣悪な労働条件や、農薬による健康被害などが言われています。また、土地の権利の問題もあります。会社が勝手に土地を開墾している、約束の支払いをしない、などと言われています。

A:そうですか。
 確かに労働条件は厳しいですね。あなたがあちらを見に行けば、きっと驚くでしょうね。アブラヤシ(オイルパーム)は森の中の離れたところに植えてあるので森の奥まで行かなければなりません。森の中の道なので上り下りの激しい道です。そこからぬかるんだ土の上を、手押し車を押していくのは大変な労働です。

Q:あちらでの生活はどうでしたか?

A:向こうでは森の中に住むので、それは自分に向いていると思います。空気もきれいで静かです。あちらではサルの鳴き声で目が覚めます。こちらでは車やバイクの音で目覚めますが。
 サルだけでなく蛇など危険な動物も多いです。一度トラックにガソリンを入れるために町へ行った帰り道、スマトラタイガー2頭に出くわしました。スマトラタイガーは世界一大きいんですよ、怖かった。全速力で逃げました。
 それから、鹿を獲るための罠に熊がかかったこともありました。これは皆で食べましたが。

 あのような重労働でも、自分は体力があるので病気もせずに働けましたが、これから年を取ってからは続けられないと思います。だからあちらにアブラヤシ(オイルパーム)農園を買って、実を売ることで生計を立てたい。その資金作りのために日本に働きに行きたいと考えています。

++++


 先日ヘルさんは、ある送り出し機関からの選抜に合格したということで、ジャカルタでさらに3ヶ月の日本語研修を受けることになりました。

 大不況の中、例え日本に辿りつけても中途解雇されるのではないか、そうすれば、渡航のために多額の費用を調達したであろうスマトラで働くお兄さん達もどんなに落胆することか。見ていて心配でならないのですが、本人はこの大きなチャンスに賭けいて、何でもするし、どんなつらいことも乗り切る覚悟です。

 これから日本で働くことが、ヘルさんにとってスマトラで労働と同様に大変でも楽しい思い出として残るよう。そして、事故もなく、帰って来てから十分な農園を手に入れられることを祈らずにはいられません。


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