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アートと大地と人の婚姻 -- 越後妻有『夢の家』宿泊記 その2 ヒトに効くアート vol.6

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高橋幸世 バンクーバー、カナダ
day
2009-08-14
 

異質なものとの交換/交感の喜び

 『夢の家』に宿泊した翌朝、近隣の廃校全体を使ったクリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマンのインスタレーション『最後の教室』を観に行った。受付は地元の老人。他に観客がいなかったこともあり、「ここに敷き詰められている藁は、地元のを使おうとあれこれ試したけどダメで、カナダから運んだ」とか、「今年はまたボルタンスキーさんがやって来て、展示替えするそうだ」とか、初期から現在までずっと作品を見守って来た人ならではの話題に花が咲いた。

クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン『最後の教 室』 廃校の中で集落の記憶とアートが出会う。 photo by H.Kuratani


 とりわけ、「東京から来た、こへびの若い子たちがね…」と「こへび隊」の活動を通した出会いを語る老人の顔は明るい。次に訪ねた、陶芸作品を展示し、地元食材を使ったレストランも営業している『うぶすなの家』でも、「こへび隊の活動に参加してなかったら、今頃どうなっていたか。今はもう、これが楽しくってしょうがない」と朗らかに笑う地元の主婦達の生き生きとした姿が印象的だった。

 「こへび隊」とは、芸術祭を支えるサポーターグループの呼び名で、地元の有志と東京を初め様々な「よそ」からアートを媒介として集まった老若男女がその構成員である。芸術祭の運営や、一年を通しての作品のメンテナンスはもとより、雪かきや農作業の手伝いまでこの「こへび隊」が行い、2004年の新潟県中越地震の復興活動や村祭りにも力を発揮するなど、アートの枠を超えたコミュニティーに成長しているのだそうだ。

『うぶすなの家』外観。 photo by Kazue Kawase


米炊きをする「こへび隊」。楽しいひと時。 photo by Kazue Kawase


 都会の突っ張ったアート学生と在郷の老人の遭遇。価値観も背景も違う人たちがアートを通して出会い、ぶつかりあい、「恊働」し、それぞれの持ち寄ったものを交換し、交感する。今回妻有で出会った人は皆、「こへび隊」の一員であることの誇りと喜びに満ち、都会/在郷、老/若、日本/海外といったいろんな敷居を跨ぎ越しての出会いを、心底楽しんでいるように見えた。

 現代アートと越後の在郷。長い間、私の頭の中ではどうしてもうまく繋がらなかったこの二つの異質なものが、『夢の家』に泊まり、里山を歩き回り、「こへび」の人々に出会う中でカチっと連結した。異質だからこそ、その出会いは刺激的で面白い。そして、本当に異質なのか、と考えると案外そうでもないことに気づく。アートは本来、人と大地とにしっかりと結びついた場所にあるはずのものなのだから。

アートと大地、人の婚姻

 さて、余談になるが、私が『夢の家』で見た夢には、津南(妻有地方の一部)出身の祖父と結ばれた亡き祖母が花嫁衣装で現われた。なかなかホラーでシュールな夢だったのだが、朝、「夢の本」にこの夢を書き留めながら、私はなんだかやたらに嬉しかった。自分がこれまでやってきた訳の分からぬ現代アートというものが、はじめて祖母の世界と出会えたような気がしたからだ。私はこの夢を、現代アートと祖母の育った新潟の在郷との婚姻のシンボルとして、また、祖母が生きた時間と私の生きている時間との結び目として記憶しようと思う。

 長い間、私は「現代アートはクールで難解だから…」という一種のスノビズムに陥り、どうせおばあちゃんに私のやっていることは分かるまい、と高を括っていた。その反面、祖母の分からないようなことをやっていることに、果たして意味があるのか、と常にどこか煮え切らない思いがあった。私は間違っていた。アートに境界はない。田舎のおばあちゃんも現代アートに触れて良いし、それを楽しんだり、批評したり、怖がったりして構わない。地方のおばあちゃんや子供が楽しめるようなアートにこそ、真の力があるのかもしれないのだ。

 『大地の芸術祭』で発表される作品も、近年ますます、地域に根ざした価値観や文化を取り入れたものが多くなっているという。集落に一定期間滞在しながら地元の風土を知り、その文化、歴史、人、大地、自然との対話の中で作品を構想するアーティストが増えて来たそうだ。地域住民に作業を手伝ってもらったり、集落の家々から集めたオブジェを作品に反映したりといった「恊働」を通して、その固有の場所でしか作り得ない作品が生まれる。『大地の芸術祭』は、美術館という無菌室に慣れてしまったアーティストや観客に、アートが本来、人と大地に結びついたものであることを再び思い出させてくれる学校でもある。

 今回、妻有を訪ね、現代アートの懐で眠る体験を通して、アートが人と人、人と大地とをつなぐ力を秘めていることを再確認させられた。そしていつか、『大地の芸術祭』にアーティストもしくは「こへび」としてとして関わり、亡き祖母が楽しんでくれるような作品を作ることが、一つの目標になった。

 今年は『大地の芸術祭2009』の開催年(2009年7月26日〜9月13日)。人と大地とアートの幸福な婚姻の現場をぜひ一度訪ねてみることをお奨めする。現代アートはでもやっぱり敷居が高い…という方でも、里山のゆったりした時間と温泉、とびきり美味しい野菜や蕎麦がアートと一緒に待っていてくれるので心強い。『夢の家』の眠りを経た後では、温泉に入ること、おばあちゃんの昔話を聞くこと、里山の絶景の中に佇むことと「現代アート」の間に、境目があるとはもう思えない。

 尚、『夢の家』は日中の見学もできるが、やはり一度泊まってみることをお奨めする。「夢のベッド」(『夢の家』宿泊記 その1参照)にどうしても抵抗がある人のために、普通の寝具も用意されているのでご安心を。アートって何だろう? 私はどこから来て、どこへ行くのだろう? 慌ただしい日常で何かが見失われた時、きっとこの家での夢があなたに何かの答えを与えてくれるに違いない。

(写真提供・『大地の芸術祭』事務局)


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