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クリティカル・シンキングを求めて Vol.1

合理的な思考をめぐって

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三沢健直 松本市
day
2009-09-17
 

あいまいな記憶

 裁判員制度のスタートに合わせて、証言の信憑性がテレビで話題になることが増えたような気がする。人の記憶は、意外にあいまいなもので、思い込みによる錯誤や様々な心理バイアスによって、容易く変化してしまう。記憶の錯誤は、性格の慎重さや記憶力の良さに関係しない。

 例えば、交通事故の映像を見た人を二つのグループに分け、それぞれに次の質問をするとする。

 A 自動車が激突したときのスピードはだいたいどれくらいでしたか?
 B 自動車が接触したときのスピードはだいたいどれくらいでしたか?

 ロフタスとバルマーという心理学者による実験では、Aに対する回答の平均は時速65㎞、Bに対する回答の平均は時速52km。このような質問は「誘導尋問」の一種だが、質問の仕方によって回答の仕方ではなく、記憶が変異してしまう一例だ。「記憶自体」というものは存在せず、記憶と判断とは常にセットになっている。

 アメリカで1994年、レイプの被害に会った女性が、警察署で写真を見せられた黒人青年を犯人と思いこんでしまったことで生じた冤罪事件があった。冤罪事件を起こした捜査官が、「当時の我々は、物的状況だけではなく、記憶も保護しなければならないとは知らなかったし、訓練も受けていなかった。」と述懐していたが、当時の警察が意図してか、意図せずにか誘導してしまった白人女性の証言によって、逮捕された一人の黒人青年は、DNA鑑定で真犯人が逮捕されるまでの11年間もの間、無実の罪で監獄に閉じ込められていた。(2009年5月放送、CBSドキュメント「目撃証言の信ぴょう性(Eyewitness)」/下に動画リンクあり)

 このケースで印象的だったのは、この白人女性は、差別意識のないリベラルな人で、絶対に間違えないように内省に内省を重ねた上で間違えてしまったことである。

 このように、社会的な偏見は、悪意のある人々によってだけでなく、善良な人々の記憶の曖昧さを媒介にして、その力を維持してきたのかもしれない。

治安の悪化

 社会的に共有された大掛かりな心理的なバイアスとして近年批判の対象となったものに、「治安の悪化」という思い込みがあった。しかし、『犯罪不安社会~誰もが「不審者」?~(光文社新書)』で浜井 浩一と芹沢一也は、犯罪が増加したとされる時期には、軽犯罪の取り締まりが強化され、検挙される犯罪件数(認知件数と共に)が増えたことを指摘し、「治安の悪化」とは言えないことを明らかにしている。

 また、東京都知事がしばしば指摘した外国人犯罪の増加についても、アムネスティが発行した『外国人包囲網―「治安悪化」のスケープゴート』で、犯罪の総数も、凶悪犯罪の数も、統計を見れば日本人による犯罪の増加のほうが大きいことが示されている。

 さらに前出本では、不況の続く今日の日本の刑務所は、老人と精神薄弱者と外国人で溢れていると報告している。仕事を得られずにパンを万引きするなどして命を繋ごうとする軽犯罪者が急増しており、刑務所に収監される外国人もまた、そのような人々に分類される人が多いのだ。外国人による凶悪犯罪という東京都の宣伝は、悪質なデマでしかない。

様々な心理的バイアス

 2006年に、浜井浩一が実施したアンケートによれば、「2年前と比較して犯罪が増えたと思いますか?」という質問に対して、49.8%の人が「とても増えた」と回答した。しかし、「居住地域で犯罪が増えたか?」という質問に「とても増えた」と回答した人は3.8%なのだ(前出本p51)。つまり、多くの人は、自分自身の経験ではなく、一部の事件を大きく取上げるメディアの影響で、「犯罪が増えている」と思い込んでいるに過ぎない。

 例えば、朝日新聞が、2004年に実施した全国世論調査では、「少年犯罪に遭う不安を感じている人」は81%、「外国人犯罪に遭う不安を感じている人」は71%だったが、浜井氏の調査から推測すると、自分の身の回りで、実際に少年や外国人の犯罪に遭遇した人はほとんど居ないのではないだろうか。

 人々は、自分の身の回りの情報よりも、メディアの情報の影響を受け易い。これと似た心理バイアスに、人は他人に同調しやすいという実験結果もある。被験者が一人で回答すれば絶対に間違えない、ごく簡単な質問だとしても、サクラを用意して被験者の前でわざと間違った回答をさせると、被験者の30%程度が、サクラと同じように間違った回答をしてしまうのだ。

 私たちは、無実の人を罪に陥れないために、また、特定の社会的なグループに対する差別的偏見から自由でいるために、人の記憶や判断に多くの錯誤が含まれることを自覚し、同時に、人がどんなときに、どのように間違えるのか、学ぶ必要があるのではないだろうか?

認知バイアスと批判的思考(クリティカル・シンキング)

 このような心理的な傾向は、心理学で「認知バイアス」と呼ばれて研究されているが、日常生活のなかで、できるだけ「認知バイアス」から自由でいようとする思考を、批判的思考(クリティカル・シンキング)を呼ぶことがある。日本の教育では、この分野の教育が非常に不足しているのではないだろうか。

 例えば、「外国人犯罪の増加」、という結論を得るためには、次の四つの項目を調べる必要がある。①外国人による犯罪の数、②日本人による犯罪の数、③犯罪を起こさない外国人の数、④犯罪を起こさない日本人の数。

 これらの四つの数字の推移を比較して、初めて外国人の犯罪が増えている、ということが言えるはずだ。ところが、①の増加だけを見て、外国人の犯罪が増えている、と多くの人が思ってしまう。

 このような錯誤に影響を与えている一つは、確証バイアスというもの。これは、「個人の先入観に基づいて他者を観察し、自分に都合のいい情報だけを集めて、それにより自己の先入観を補強するという現象(Wikipedia)」である。これは冒頭で挙げたレイプ犯のケースにも共通する。また、「珍しい事象が記憶に残りやすい」という心理バイアスの影響がある。

 そして、これとよく似た心理学的な錯誤が頻繁に見られるケースとして、超常現象やスピリチュアルと言われる分野がある。

超常現象、スピリチュアル

 超常現象やスピリチュアル現象が存在しないと言うつもりは、ない。ただ、一般的に超常現象とかスピリチュアルと言われる現象の多くは、上のような四つの可能性を検討してみると、①だけを見たケースが非常に多い。ほとんどのケースが認知バイアスとして理解できるのだ。そのような合理的な検討を経ても、尚、残される現象を超常現象と呼ぶべきだろう。

 例えば、予知夢と言われるものがある。「人が病気になる夢を見たら、その人が病気になった」というような夢をみて、それが予知夢であると判断するケース。しかし、その判断が正しいとするためには、①病気になる夢をみて、病気になったケースの数、②病気になる夢を見て、病気にならなかったケースの数、③病気になる夢を見なかったが、病気になったケース、④病気になる夢を見なかったし、病気にもならなかったケース、の四つを比較して、本当に①が統計的に多数なのか比較する必要がある。

①夢を見た、病気になった ②夢を見た、病気にならなかった
③夢を見なかった、病気になった ④夢を見なかった、病気にならなかった

 しかし、予知夢を信じる多くの人は、①のケースが何度か起きたことをもって、夢と病気との関係を推論してしまう。①のようなことは珍しいために印象に残りやすい。そして、一度信じてしまうと後は確証バイアスにしたがって、それを肯定する情報しか記憶に残らない。

 また、この場合には、「関連性の錯誤」と言われる心理的錯誤も含まれている。人は、何かと何かが続けて起きるときに、それぞれに関連がある、つまり因果関係がある、と推論する心理的な習慣があるが、必要十分条件を仔細に検討すると、十分条件が充たされていないケースが非常に多い。

 例えば、交差点などで車が詰まったときに、クラクションを鳴らす人がいる。なぜ無駄なことを、と疑問に思う人は多いと思うが、クラクションを鳴らす人は、「鳴らしたら渋滞が緩和された」という経験を何度も重ねているのだ。交差点での渋滞は「時間が経てば必ず緩和される」もので、クラクションとは関係がないのだが、この人の個人的な経験の中では、「クラクションを鳴らしたら渋滞が緩和した」という因果関係の経験が毎回再現されている。

 「関連性の錯誤」と「確証バイアス」の組み合わせは、かなり頻繁に目撃できる。例えば、風邪のような病気は「時間が経てば必ず治る」ものなのだが、レイキなどを信じている人にとっては、「手をかざしたら病気が治った」という因果関係の経験が、その人の個人的経験の中で毎回再現されている。

 もし合理的に判断する習慣があれば、「クラクションを鳴らさないときにどうなるか」「手をかざさないとどうなるか」という実験をすることで、関連性の錯誤から自由になれるはずだ。

 また予知夢のように、実際に統計を取ることが難しいケースでも、②③④という可能性があることを考えてみること、すなわち自らの思考を批判的に観察してみるだけで、認知バイアスから多少なりとも自由になることができる。

この連載では今後、各地でクリティカル・シンキングを目指す試みを紹介したり、合理的な思考と信仰をどのように折り合いをつけるか宗教家の意見を聞いてみたりする予定です。


「考える力」、そして「生きる力」を育成するには/アメリカのリーディング教育
宗教とスピリチュアル(ニューエイジ)

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