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イランの社会・政治・生活:ペルシャ文化復興運動など

イラン人女性のインタビュー

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ほうきじゅんこ ベイルート、レバノン
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2010-01-10
 

 核問題やアハマディネジャド大統領の過激な発言ばかりが取り上げられ、なかなか人々の素顔が見えないイラン。庶民のイラン人は、何を考え、どうやって暮らしているのでしょう。今回は、イランの北東にある大都市マシャッド出身のイラン人女性、アザデ・ダバチさんに聞いてみました。

 アザデさんは、大学院で英文学を学び、ペルシャ語で詩を書くのが好きな女性です。ちなみに「アザデ」はペルシャ語で「自由」という意味。家の中ではジーパンに洋服、お化粧も大好きな現代っ子です。

Q1:日本のニュースなどで見る典型的なイラン人女性のイメージは、黒いチャドル(頭から足首まで覆う布)を着て、自由を奪われた生活をしているというものです。普段の生活の中で、イランの女性や若者はどんな装いをしているのでしょうか?

A1:そういうイメージはマスメディアによって作られたものです。もしイランに旅行する機会があれば、場所によってはイラン人女性の全く違う面を見ることができます。少なからぬイラン人女性や若者たちはヘジャブを必要ないと思っていますし(へジャブ=イスラムの戒律に則った服装。イランでは多くの場合、体の線を隠す服と髪の毛を覆う布のことを指す)、プライベートなパーティなどではヘジャブをしない人もいます。特に都市部では、女性や若者は自分たち独自のファッションやスタイルを持っています。

ただし、イランでは女性はみなヘジャブを着用するように、法律で義務付けられています。これは他の多くのイスラム教国の女性たちが、自主的に被っているのと異なります。残念ながら、イランの女性は欧米や日本でのように自由を満喫できません。しかし、若い女性たちは自由を獲得しようと努力しています。

      イラン人女性の典型的な服装のひとつ、チャドル。

女子学生が山に遊びに来ていました。学校帰りのようなので、みんな黒い学校用の服を着用しています。イランの女性はサッカー観戦が基本的に禁止されていますが、女の子は大好きです。


チャドルを拒否する風潮が若い世代で強くなっていますが、これはアメリカ映画や衛星テレビの影響だと思います。若者たちは、イラン政府や保守的な家族が好む服装よりも、欧米のスタイルを取り入れることが、かっこいいと思っているのです。

Q2:フェミニズムはイランではどう捉えられていますか?女性の権利についてイラン人はどのような意見を持っているでしょうか?

A2:若い女性の間ではフェミニズムの考え方はかなり浸透しています。私と同年代(20代)か、もっと若い女性たちはフェミニズムに関する読み物をよく読みますし、話しもします。けれども保守的な人達はこのような考え方は好まないし、私たちが話す時も、自由に誰にでも話せるわけではありません。

しかしイランでも、WEBサイトやブログで自分の意見を公表する人が増えています。最近イラン人女性で人権や女性の権利の分野で国際的に認められた人(ノーベル平和賞を受賞したシリン・エバディのこと)も出てきて、女性の権利について関心が集まったことは嬉しいことです。

イランでは、女性の権利を獲得する活動をしたために刑務所に入れられている女性がたくさんいます。それでもこの活動は続けられています。イラン政府はこういった動きを警戒していますが、この活動に参加する人の数は増えています。フェミニズム運動はこれからイランで、もっと盛んになると思います。

Q3:厳しいイスラムの戒律から距離を置いて、(イスラム以前の)伝統的なペルシャ文化を復興させようという運動があると聞きました。この運動は何を目指しているのでしょうか?

A3:イラン革命後、政府はより厳しいイスラム法を取り入れて、人々に強制してきました。厳しいイスラム法を守って生活したいイラン人もいますが、若い世代はそれに反発し、イスラム以前の独自のペルシャ文化を尊重したいと思う人が増えています。政府の政策に異議を唱える手段としてイスラムの戒律を守らない人もいます。

イランでは元々アラブの文化であるイスラムの祝日を祝わず、イラン独自の伝統的な祝日だけ祝う人もいます。例えば、政府の役人やイスラム色の強い人達はラマダン(イスラムの断食月)の最終日を祝いますが、若者の中にはこれを拒否し、イラン独自の新年であるノウルーズを祝う人がいます。また、イスラム文化もペルシャ文化も尊重してバランスよく両方を祝う人もいますが、彼らもペルシャの伝統文化を復興させることにおいては熱心です。

このような動きの直接の原因は、イスラムの戒律を人々に厳しく強制し過ぎたことへの反動でしょう。また、人々はイランには2500年以上に渡ってイスラム以前から高い文明が存在し、そこへアラブ人が攻めて来て人々がイスラムに改宗したのだということを意識し始めたのです。ですから、強制された文化よりも自分たちの伝統的な文化を見直そうという動きが出てきたのだと思います。

アレキサンダー大王に破壊されたペルセポリスの跡

紀元前6世紀頃、アケメネス朝ペルシアのダリウス王によって建設されました。ゾロアスター教と密接に関係していますが、アレキサンダー大王によって破壊されました。


Q4:イランは過去30年ほど、米国と国交がありません。これはイラン人が米国に対して敵対心を持っていることの現われでしょうか?

A4:私はそうは思いません。表面的にはイラン人は米国に敵対心を持っているように見えるかもしれませんが、実際はそうではないと思います。イランには、米国に家族や親戚が住んでいる人が多くいます。研究者、作家、科学者、活動家など、多くのイラン人が米国で働いたり勉強したりしています。米国の大学で教鞭を取っているイラン人の教授も多くいますし、多くのイラン人は米国がイランに対して敵対的だとは思っていません。米国との国交を正常化するべきだというイラン人も少なからずいます。

それにイランの若者の多くはハリウッド映画が大好きですし、米国のファッションや音楽も人気があります。イランに来てイラン人の若者と話せば、彼らが米国の歌手や俳優、新しい映画についてよく知っていて、米国の文化や社会に対して敵対心を持っているわけではないことが分かるはずです。

Q5:若いイラン人として、イスラム教についてどう思いますか?近代社会の価値観とイスラムの価値観は両立できるものだと思いますか?

A5:過激な形を取らなければ、イスラムは良い宗教でありうると思います。イスラムの様々な戒律には人間が社会で生きていく上で有益なものがありますが、一部のイスラム教徒が本来のイスラムからかけ離れた間違ったイメージを世界に与えています。
イスラム教は約1400年前に始まった宗教ですから、当然いくつかの戒律は当時の状況に即したもので、現代の社会には当てはまらないものもあると思います。私はイスラム教の戒律を現代の生活に即したものに刷新するべきだと思います。

私は多くの善良なイスラム教徒の人々を知っています。彼らはとても親切で信仰心が厚いけれど、自分の宗教を他人に強制しようとはしません。例えば、髪の毛を覆うヘジャブですが、近代的なイスラムの国においてこの戒律はなくせると思います。なぜなら現代において、その必要性がないからです。イスラム法学者の中でさえ、世界の変化に伴ってイスラムの教えに新しい解釈や修正を提案する人もいます。イランでも、ソローシュ博士のようなイスラム法学者が、現代に合わせてイスラムの戒律を修正することは許されると発言しています。私も、イスラムの価値観を現代社会に合ったものに修正すれば、両者は共存できると思います。

Q6:今年2009年のイラン大統領選の際に盛り上がった「緑の運動」について話してください。この運動は大統領選にどのような影響を及ぼしましたか?またこの運動は今後も続き、イラン社会を変えると思いますか?

「緑の運動」はイランの民衆運動ですが、(現職のアハマディネジャド大統領に対抗して大統領選に立候補した)ムサビ氏とその支持者たちが中心となって呼びかけました。その後イラン民衆の政府に対する抗議のシンボルとなり、非暴力による話し合いと抗議の意思表示をするチャンスとして大統領選の期間中、多くの人々に支持されました。その後運動が盛り上がって人々は町に繰り出して抗議デモをするようになったのです。

緑の運動の支持者たちは、武器を持たずに各自が「何か緑色のもの」を持ってこの運動の支持を表明しました。(注:緑はイスラム教のシンボルカラー。厳格で自由を認めない現政権ではなく、民主主義的なイスラム教徒である自分たちこそが、本来のイスラムのあり方を尊重しているという意味が込められているようだ)

イラン国内だけでなく、多くの海外在住のイラン人も支持を表明しましたが、彼らはいかなる戦争、いかなる争いも欲しないことを表明するために、なるべく落ち着いてデモを行うように心がけました。自分たちには自由を得る権利があることを示したかっただけなのです。

この運動は大統領選後も続いていますが、政府やその支持者たちによる弾圧の危険があり、活動は制約を受けています。緑の運動の支持者であることを公にするのはリスクが伴いますが、それでも活動を続ける若者たちはいます。この運動は過激なものではなく平和な手法で進められていますから、社会に変化をもたらすには時間がかかると思います。けれども、私はこの運動の持つ可能性を信じていますし、いつかイラン社会に変革が訪れると思っています。

Q7:イランにおけるインターネット文化について聞かせてください。イランでは人々はどれくらい頻繁にインターネットを使いますか?インターネットはイランの政治に影響を及ぼしていますか?

A7:イランのインターネット文化は、過去10年で大きく変わりました。まだ数は多くないですが、比較的小さな町や、時には村でさえもインターネットを使おうとしているところもあります。大都市では多くの人々がインターネットを使います。最初は主に若者が使っていましたが、最近では年配の人々も使い始めました。インターネットは娯楽としても使われるし、政治的な道具としても使われます。もちろんコミュニケーションの手段としても使われ、特にフェイスブックやツイッターなどは男女間のコミュニケーションにもよく使われます。

政治の道具としてのインターネットの威力は年々増しています。なぜならイランではテレビ、ラジオ、新聞などはすべて検閲が入っていて、反政府的な内容の記事やインタビュー、番組などは流されないからです。ニュースの内容もすべて政府寄りであるため、反対勢力の人々にとって情報や本当のニュースを大衆に伝えられる唯一の場はインターネット上なのです。大統領選の期間も、反対勢力や緑の運動の支持者たちが意見や情報を公にできる唯一の手段がインターネットだったのです。

けれどもイランのインターネットのスピードは遅く、時にはインターネットのサイトも、検閲されて政府にブロックされてしまうことがあります。それでも多くのイラン人はインターネットからニュースや情報を得ようとしますし、緑の運動の際にも人々を集めるためにインターネットが大いに活躍しました。今でも緑の運動の支持者たちはインターネットを使ってお互いコミュニケーションを取っています。

Q8:イランという国の特徴は何ですか?他の中東やイスラム諸国とどう違いますか?

A8:イランがユニークな点は、私たちの国は古代から続くペルシャ文明と歴史を持っていることだと思います。私たちの祖先はイラン人独自の文化と価値観を持つ社会を作り上げてきました。ですから私は自分の国をとても誇りにしています。しかし、イランという国が間違ったイメージで世界に知られていると思います。

私はイランの歴史は他の中東諸国と全く違うものだと思っていますが、それはイラン人が非常に豊かな独自の文化や伝統を持っているからです。イラン人は生活様式や行動パターンなども他のアラブ諸国とは違います。これはもっとイラン人の身近にいれば感じられると思いますが、イラン人(ペルシャ系)とアラブ人は考え方や価値観においても全く違うのです。

ゾロアスター教(拝火教)の遺跡。イランでは今でも少数ながらゾロアスター教徒が残っています。


インタビューを終えて

中東と言うと、ひとまとめにされ勝ちですが、多くの中東諸国は主としてアラブ人がアラビア語を使って暮らしているのに対し、イランではペルシャ語が使われていて、民族もアーリア系のペルシャ人が大多数です。また、中東諸国のほとんどはイスラム教スンニ派が大多数であるのに対し、イランはシーア派が多数を占めます。

この地域の人々は、イスラム教がイランに入ってくる以前から、ゾロアスター教というペルシャ古来の宗教を持っていましたし、イラン人の多くは自分たちがペルシャ系であることに誇りを持っています。アザデさんと話していて自分たちはアラブ人ではなくペルシャ人であると強調することが、とても印象的でした。

少し乱暴な比較かもしれませんが、日本と中国を比べてみれば分かりやすいかもしれません。日本人は中国の文化や文字、中国経由の宗教などに大きな影響を受けてきました。けれどもアジアのことをよく知らない人から「中国と日本は同じでしょう」と言われると、「言葉も文化も全然違うよ!」と反応する人も多いのではないでしょうか。イラン人も似たようなところがあり、中東だからと言ってアラブ人と一緒にすると、「全然違う!」と反論されるようです。

日本人には馴染みの薄いイランですが、このインタビューが少しでもイラン理解に繋がればと思います。今度はみなさんも自分でイランやイラン文化に触れてみてください。


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