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『ライカ・スペース・プログラム』聴衆参加型パフォーマンスの試み (3)/ヒトに効くアート Vol.1

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高橋幸世 バンクーバー、カナダ 高橋幸世 バンクーバー、カナダ
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2007-03-31
 

五感の再発見

 さて、いよいよパフォーマンス空間に入った観客のグループは、それぞれのペースで5つの感覚のステーション(聴覚、触覚、味覚、嗅覚、視覚)を巡っていく。各ステーションでは何人かのパフォーマーが観客を待ち受けていて、そこで観客は五感に関する体験型ミニ・パフォーマンスに参加することになる。

 例えば味覚のステーションでは、「ライカ」は注射器からゼリー状の “人工的な味覚のフルコース” を口の中に注入され、一方「ノミ」たちは、本物の食べ物のミニマル・フルコースを味わう。

[味覚のステーションでのノミたち]


[嗅覚のステーション]


 5つのステーションで、「ライカ」は常に人工的な感覚を与えられ、「ノミ」は普通の生な感覚を与えられる。つまり、「ライカ」は宇宙空間でライカ犬が体験したかもしれない、科学とテクノロジーの果てにあるような未来的な感覚を体験させられ、「ノミ」たちは見えない代わりに、視覚以外の感覚を非常にリアルなものとして体験していくことになる。ライカ・スペース・プログラム(LSP)は、まずは五感を再発見するパフォーマンスだったというわけだ。

人と出会い、人を再発見するパフォーマンス

 LSPには、見るべきものとしての大きなドラマはない。五感のステーションでのパフォーマンスもとてもシンプルなものだし、明確な物語性があるわけでもない。ガイドの対応も前述した通り、人が人をもてなすという普通のことをやっているにすぎない。しかし、上演後の観客の反応はきわめてドラマチックなもので、このパフォーマンスを企画した筆者自身もその反響の大きさに逆に驚かされた。

 プラハでの上演では、上演スペースのあちこちに段差があり、狭いトンネルを抜けたり、階段を登ったりと、観客たちにとって、かなり挑戦的な内容だった。観客グループは一歩一歩注意深く、ゆっくりと進まねばならず、最終的には予定していた時間を大幅に超えて、5つのステーションを回るだけで2時間以上もかかるという大パフォーマンスになった。

 筆者自身は、パフォーマンスが行われている最中、観客が途中で飽きてしまうのではないかと心配だった。「ノミ」たちは長時間闇の中を引きずり回され、「科学者」たちは「ノミ」を助ける以外には実際に五感を体験するわけでもない。途中で怒ってかえってしまう人がいてもおかしくない位、観客にとっては面倒臭く、単調なパフォーマンスのように外側からは見えたのだ。
 
 ところが、観客たちは、それぞれの役割を十分に楽しんでいたのだった。「ライカ」は物語の中心だから、楽しむのは当然のように思われたが、このパフォーマンスを一番楽しんだのは、実は何も見ることができなかった「ノミ」たちだった。彼らは闇の世界で視覚以外の感覚が鋭敏になり、各ステーションでは初めて体験するような新鮮なものとして五感を体験し、最後には自分の体の輪郭さえ忘れて、ほとんどメディテーションとも言えるような世界に入っていったという。そして、一番退屈そうに見えた「科学者」も、他の観客をガイドするという彼らの役割を非常に楽しんだというのである。

[触覚のステーション。ノミはここで科学者から肩を揉んでもらえる]


 彼らの話を聞いているうちに、表面からは見えなかった小さなドラマがあちこちで無数に起こっていたことが分かった。例えば、「科学者」たちが「ノミ」をガイドする方法は十人十色で、それぞれの観客の性格を反映した人間的なディテイルに溢れ、それに対する「ノミ」の反応もそれぞれ個性的。優しく腕を支えてガイドする人もいれば、ジョーク混じりにわざと混乱させるようなガイドをする人もいる。大人しく従うノミもいれば、やたら悲鳴をあげたりするノミもいる。こうした人間味あふれるコミュニケーションのドラマが観客同士の間に起こっていたからこそ、個々人の体験が非常に豊かなものになった。そして、どの観客もLSPを通して、まさに人と人との「出会い」を体験していたのだった。

 運命共同体である観客のグループの中に次第に信頼関係が生まれ、アートという遊び場で、日常では起こりえないような不思議なレベルで人と人とが「出会う」。パフォーマンスの終了地点で、観客たちが「お疲れさま!」と声をかけ合ったり、それぞれの体験を興奮しながらおしゃべりしている様子は、通常の演劇やアート体験とはどこか異なるものだった。そこには同じ冒険をやり遂げた仲間といった連帯感が漂っていた。

 観客たちは、パフォーマンスが終わればまた散り散りに去っていく。しかし、LSPで何を見たかを覚えていなくとも、LSPが何であるかはうまく説明できなくとも、人と人とが出会う時に発生する幸福な「手触り」のようなものを観客はお土産として持って帰る。LSPを通して観客の内側のささやかな部分がちょっとだけ変わる(かもしれない)。

 聴衆参加型パフォーマンス『ライカ・スペース・プログラム』はこれまでプラハとバンクーバーの2都市で上演を試みたが、場所により、文化背景により、観客の反応が違うのも面白かった。これを日本でやったらどうなるのか、機会があったらぜひ試してみたいものだと思っている。(了)

[LSPは人と人とが出会うパフォーマンス]


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