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IMF救済!その時英国の人々は、、、、/財政破綻の下での暮らし

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増田和子 ロンドン、イギリス
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2010-07-03
 

(c) http://p-fan.net/

 1960年代の英国には、「ゆりかごから墓場まで」と言われる充実した社会保障制度や、基幹産業の国有化等の政策をとる、大きな政府に守られた生活があった。
 児童・家族手当や国民保健サービスに加え、手厚い失業保険等、包括的な社会保障制度の確立は、戦争で疲弊した英国を立て直すために必要な政策であった。英国の福祉は、この時期に、自治体主導の地域毎にバラバラであった状態から中央集権型福祉へと変化し、中身を充実させたのである。

 しかし、極端な累進課税制度による社会的活力の低下や、手厚い福祉への依存による勤労意識の低下、産業保護政策による国際競争力の低下などから、英国は経済を成長に導くことができず、政府の意図とは裏腹に、経済全体が停滞する方向へ向かう悪循環に陥っていた。ストライキが多発し、多くの企業が倒産する中、オイルショックが追い打ちをかけるように英国の経済に打撃を与えた。

 そして、今から34年前、ついに英国の抱える負債は危険水準を超えてしまった。1976年、苦渋の決断を迫られた英国は、一旦は拒否したIMFの救済を受け入れた。

 先頃、アイスランドに対するIMF救済が、先進国では英国に続き2番目だと報道されたことは記憶に新しい。長引く世界的な不況の中、ギリシャの救済も決定している。IMFの救済を受けるということは、いったいどのような状態なのだろうか?IMF救済経験国の一つである英国の人に、当時の生活について訊ねてみる事にした。

IMF救済下のイギリス

 インタビューを始めて見ると、当時の事を話してくれる人を探すのは、意外に難しかった。お年寄りに訊ねれば簡単に話が聞けると予想していたが、人の記憶はあやふやで、「30年以上も前の話は余り覚えていないな、、、、」と断られること数回。人は、今に生きていて過去の事には余り関心がない様子。それでも、なんとか見つけた人から聞いた話は、大変興味深いものだった。

 フランス生まれのジャクリンヌさんは、「あまり覚えていないけど」、といいながら、快くインタビューに応じてくれた。彼女は当時、英国人男性と結婚し、幼い子どもを抱え、ロンドンの郊外に住んでいた。政府がIMFからお金を借りたかどうか、そんな国際的な動きは全く記憶にないが、当時の社会の荒れた雰囲気は良く覚えていて、現在の不況よりも何倍もひどかったと言う。

多発する停電

 1日のうち数時間、停電する時間帯があり、1976年の冬は、特に寒さが厳しかったのに、セントラルヒーティングを使うことができず、とても辛かったそうだ。家族全員が、ガスストーブの回りに集まって暖を取った事を覚えている、と話してくれた。

 毎日どれくらいの時間停電していたのかは覚えていないが、短い時間ではなかったはずだと言う。英国の家はレンガ造りで、保温性が高く、1〜2時間程度暖房が停止したくらいなら、それほど寒さを感じることはないそうだ。

 また、ニュースを聞いたドイツの友人が、ジャクリンヌさんがひもじい思いをしているのではないかと気遣い、砂糖を送ってくれた事も覚えている。実際には、食糧が足りないことはなかったのだが、英国の厳しい状況は国際的に知れ渡っていたのだと当時を振り返る。

公務員は週3日勤務に

 さらに、ひどいインフレが原因で、物価上昇率に連動している国営企業職員の給与に対し、政府が上限を設定したことが主なきっかけで、これに反対する炭坑職員など、電力供給に影響のある国営企業の労働者が大きなストライキを実施した。その結果、国全体の電力供給が不足したため、政府は電力消費を抑える対策として、やむをえず国営企業の事業活動を縮小し、営業日数を強制的に週3日にした。

 「うちは、公務員じゃなかったし、仕事も失わなかったので、それほど影響は受けなかったけど、仕事を失ったり、仕事の量が減った人は大変だったと思う。」
 そして、政府が通貨切り下げ(14.3%)を行った事を取り上げて「あれは、良かったのか、今でもわからないわね。それしか方法がなかったのかもしれないけど、私にはよくわからない。」と語ってくれた。
 
通貨切り下げ

 通貨切り下げでは、いきなり通貨の価値が変わってしまうのだから、大変な事だっただろうと、その影響を尋ねてみた。彼女は少し考え込んでから、あまり影響はなかったはずだと言った。それで生活が大変になった記憶がないというのだ。

 「なぜ影響がなかったのかしら」と自問自答するようにしばらく考え込んだ後、「当時は、日用品は大抵国内で生産されていたから、それほど影響がなかったんだと思うわ。そうそう、海外旅行が急に割高になったわね。でも、今程海外に行く人も多くなかったから、それほど影響を感じなかったわね」と言う。
 確かに、国内で閉じている限り、入ってくるお金も出て行くお金の価値も同じように下がるのだから、問題ないのかもしれない。現在のように、様々な生活物資が海外に依存している場合は、状況が異なるだろう。

変質する社会風土

 彼女によれば、英国は、あのひどい不況から立ち直るため、それまでの社会が持っていた暖かく良い所をなくしてしまったという。「それ以前の英国は、今のように休みなく働いたり遅くまで残業したりすることはなかったの。人々の生活はもっとのんびりして、隣人を気遣う余裕があったのよ。
 サッチャー女史(1979年から1990年まで首相(保守党))は、英国の経済を立て直したかもしれないけど、彼女の関心は、経済回復の一点に縛られていたから、その事が英国民に及ぼした影響は、計り知れないと思うの」と、とても残念そうだった。

 彼女は、当時を振り返って、「今の不況は、当時の不況に比べれば、まだまし。今は、人々はまだ活動をしている。当時は、たくさんの企業が倒産し、ストライキは頻発、社会機能の全てが停止してしまったかのようなひどい状態だった」と語る。

 「英国は、当時の経験から多くを学んでいるから、もう、あのようなひどい事にはならないと思うわ。 あの頃の英国は、今でも多少そうだけど、社会階層が明確に別れていて、経営者側と労働者側の歩み寄りは全くなかった。お互いの苦境を理解せず、結局、社会の機能が停止してしまったのよ。皆それほど馬鹿じゃないから、適当に互いの意見を聞く必要がある事を学んだと思うわ」と、今の状況を安心して見ているという。

 最後に、彼女が、「経済が立ち直った後、英国に進出してきた日本企業から英国が学んだ事もあるのよ」と、話してくれたのは、日本企業の経営者と労働者の距離の近さだという。日本企業の持つ労使関係は、英国企業にとって、とても目新しく、好ましいものと受け取られたそうだ。日本企業の成功の一部を担っていると信じられ、英国もこうした異国の習慣を取り入れたという。

財政赤字の規模

 当時の国債発行残高は、戦時中GDP比で200%を超えていた状態と比較すると、かなり改善されており、50%程度までに低下していた。しかし、1972年から歳出が歳入を上回り、国のバランスシートが赤字に転換している(表1、グラフ1参照)。
 現在の英国財政も、先頃成立した、デイビッド・キャメロン率いる連立政権が、財政再建を最重要課題として取り上げているように、かなり厳しい状態にある。2010年時点における国債発行残高は、9千億ポンドでGDPの62.2%。財政は、140億ポンド赤字状態にあり、これはGDPの11.4%にあたる*。

表1:歳費 1970 – 1975(単位:百万ポンド)

出典:European Historical Statistics 1750-1975より抜粋


グラフ1:公共部門の対GDP負債ネット比率

出典:HM Treasury, ”Public Sector Finances Databank”, 2010/May/27, http://www.hm-treasury.gov.uk/psf_statistics.htm, accessed on 2010/6


*Office of National Statistics, “Public Sector Finance 2010 May”, 2010/05
*日本の2009年度の国際発行額はGDPに対して189.3%。同年度の財政赤字のGDP比はIMFによると10.3%とのこと。



学生の生活

 もう一人、イングランド出身のステファン氏に当時の思い出を語ってもらった。彼は、当時まだ大学生で、法律を勉強していた。当時はまだ、大学の学費が無料で、しかも生活費として、いくばくかの費用も支給されていたため、大学生の生活は経済危機の影響を受けにくい立場だった。

 ステファン氏は、「当時の僕は政治に非常に感心があった。IMFにお金を借りた事もしっかり覚えているよ。」と、その当時の政権の動きと共にIMFからの借り入れについてかなり正確な記憶を語ってくれた。彼は、IMFに関する報道は、とても冷静で、国民の不安を煽る事がないよう慎重な報道だったと当時を振り返る。

 この国の経済が危機的状況に陥っていたこの時期、ステファンさんの日常生活にどのような影響があったのか尋ねると、週3日アルバイトしていた洋品店での洋服の売り上げが、非常に悪くなったことを覚えていると言う。

 「店の商品は変わっていない、自分の売り方も変わっていない、それなのにどうして去年のように洋服を売る事ができないんだろうと思ったよ。で、僕も商品も変わっていないなら、お客の行動が変わったんだと思ったよ。つまり、不況だったんだな。そのせいで、僕のコミッションは随分少なくなったよ。小遣いが減ったから確かに影響があったね」と笑いながら話してくれた。

回収されないゴミ、埋葬されない棺

 「それから、公共サービスが止まってたね。ゴミを集めに何日も来ないからゴミの袋が山積みになっていたし、墓地には埋葬されるはずの棺までが山積みになっていたよ」と、地方公務員がストライキを断行し、基本的な住民サービスまでが滞っていたことを教えてくれた。

 ステファン氏も、電力供給が滞り、ロウソクを家族で囲んで食事した事を覚えていた。その記憶は、大変で苦しかったというより、何かほのぼのとした、暖かい家族のつながりを思い出させる楽しい記憶だと言う。

 たった数人へのインタビューだが、不思議な事に、皆総じてIMF救済当時のゴタゴタを大変だったとは表現しなかった。それより、IMF救済の3年後から、サッチャーが実施した改革により、社会が激変した時期が非常に苦しかったと語る。まさに、痛みを伴う改革を経て、英国は疲弊した国を建て直したのである。

サッチャー政権下のイギリス

 サッチャー以前の英国は、ストライキをするのがとても簡単で、労働者は、ちょっとした事で、すぐストライキを実施する傾向があったようだ。日本と比較して階層社会が明確であることとも関係し、それぞれの仕事の分担が非常に明確であることが、ストライキ頻発の背景にあるようだ。
 例えば、病院で、看護婦や医師が、切れている病室の電球を取り替えようものなら、備品管理の労働組合が仕事を奪ったと怒り、ストライキをしたと、冗談のようだが本当の話だと英国の友人が話してくれた事を思い出す。

 このような状況を許す事は、経済発展の妨げになると考えたマーガレット・サッチャー元首相は、1980年年代に、ストライキを法的に封じる策を講じている。その結果、ストライキの件数は激減し、少なくとも、経済活動に重大な打撃を与えるような基幹産業のストライキはほとんど起きなくなった。

 今日でも、ストライキを実施する際は、法に基づく手続きをとる必要があり、現在の英国では、過去に経験したようなストライキの頻発は二度と起こらないのである。
 例えば、昨年、ブリティッシュ・エアウェイ(航空会社)がクリスマス休暇に合わせてストライキを計画したが、高等法院が違法との判断を下したため、中止になっている。また、今年春のイースター休暇中に、ロンドンの地下鉄等を運行する職員の最大の鉄道組合(RTM)が計画したストライキも、違法と判断され中止になった。

 しかし、昨年断続的にロイヤル・メールがストライキを実施し、郵便物が大量に滞留した事もあり、日本人から見れば、やはりありそうもないサービスがストライキで停止する。

財政危機再び

 今再び、IMF救済当時の水準を越えるGDPの約60パーセントにあたる巨額の債務(グラフ1参照)を抱えた英国は、先日選挙を終えたばかり。英国民は、労働党政権に別れを告げ、初の連立政権が成立した。

 「連立政権」に投票した有権者は一人もいないのだから、どのように民意を反映していくのか、大変興味深いところである。政府は、巨額の負債を減らすため、例外無き歳出削減に強い意志で臨むと発表している。二度目のIMF救済という不名誉を歴史に刻む事のないよう、新政権は時を空けずして活動し始めた。

 国民のニーズを満足させたかは別にして、こうした政権を誕生させた、今回の選挙はとても興味深いものだった。特に、国民の大きな関心を背景に行われた英国史上初のテレビ・ディベートを通じてみる英国メディアの動きはとても面白い。

 視聴者参加型で行われたディベートは、労働党、保守党、自由民主党の3大党首によるものだけでも3回、各政策担当者による政策テーマ別ディベートも数回実施された。マニュフェストの発表に加え、多くの情報が国民に提供された選挙であった。ゴードン・ブラウン首相もラジオ番組に出演し、視聴者の電話に一つ一つ回答したり、インターネット放送があったり、新旧交えた多くのメディアが選挙に活用されていたのが印象的であった。

 テレビでは、可能な限り多くの情報を有権者に提供する一方、国民一人一人の1票は、自らの生活に跳ね返る1票だと、真剣な判断を求めるコメントを連日放送していた。
 ディベートを放送する放送局も一社独占ではなく、毎回別の放送局が担当していた。メディア市場に好ましい競争環境を作り出し、メディアを育てようとする政府の政策が垣間見えた。

 巨額の負債に喘ぐ英国だが、確かにジャクリンヌさんの言う通り、過去のIMF救済当時のように社会機能が停止しそうには見えない。解決策を求め、活動し続ける英国である限り、IMF救済はないと信じたい。


経済破綻したアルゼンチンの今

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