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「考える力」、そして「生きる力」を育成するには/アメリカのリーディング教育

クリティカル・シンキングを求めて Vol.3

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むらいゆか ポートランド&シアトル アメリカ西海岸
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2010-08-21
 

 アメリカの高校では、リーディングの授業の一環として、クリティカル・シンキングの訓練が取り入れられている。リーディングは、単に「言葉を理解する力」だけでなく、「文章を読んで考える力」を身につけることを目指すからだ。「考える力」の中に、クリティカル・シンキングも含まれる。

 日本では、似て非なるものとして「ディベート(議論)」の授業がある。私が中学生の頃は、社会科授業の一貫で「ディベート」のクラスが週1回あった。新米の社会科の教師が、議論の仕方について実践的な教育を行っていたが、クラスの大半がよく理解していないままに終わってしまった覚えがある。

 決められたトピックについて、クラスを賛成と反対のチームに分けて議論する形だった。ある週は「女子高生は短いスカートにルーズソックスを履いて良いのか?」というトピックだったり、そして次の週は「死刑制度」についてだったり。毎週新しいトピックで議論する事は、私達生徒にとって楽しいことである筈だった。

 しかし、何をどう議論して良いのか全くわからなかった私は、結局議論 についていけず、ディベート中ずっと、ふて腐れる羽目に。議論する以前に、自分の考えや意見が全く整理できず、「むらいさんはどう思いますか?」などと振られ ても、「わかりません」、と答えるしかなかったのだ。

 あの時、自分がもう少し頑張って議論に参加すべきだった、とも思うが、突然実践から始めるのではなく、自分の考えや意見を整理するスキルを知っていれば、もっと簡単に議論に参加できたかもしれない。アメリカで中学・高校の数学教員免許を取得した今になって、そう思うのだ。

 議論に参加する為の「考える力」は、社会で「生きる力」にも繋がり、最後に述べるように、日本が直面する様々な問題解決の一つの糸口となりえるかもしれない。

 今回は、議論に参加するために必要な、自分の意見形成を手助けする方法について、アメリカの教育現場の事例をご紹介する。

So What?

 アメリカ、コロラド州を拠点にリーディング・スペシャリスト兼高校の国語教師として活躍するクリス・トバニ氏。国語だけではなく他教科でも「読む」プロセスが重要であることや、正しい「読み方」を習得することによって批判的思考を形成する方法を、ワークショップを通じて教師達にも指導している。

 そのトバニ氏が長年、国語の授業中に使うストラテジーが「So What? Question」という一見変哲もない質問用紙だ。ちなみにSo What?とは直訳すると「だから、何?」や「それでどうした?」という意味になる。

 教科書を読む際に、重要だと思う箇所にハイライトを入れる人は多い。しかし多くの人は、ハイライトを入れただけで、そのまま先に進んでしまう。

 私も中学時代、あるクラスメートの教科書のページが、ハイライトの入れすぎでほとんど全面黄色になっていた事に気づき、何故そんなにハイライト入れるのか、本人に聞いてみた覚えがある。そのクラスメートの回答は、「だって全部重要な感じがするんだもん。」

 確かに私もハイライトを入れる時は、「なんとなーく重要な感じ」という感覚で入れていた事をはっきりと覚えている。そして、何故その箇所が重要なのか、良く考えるわけでもなく、フォローアップもしていなかった。

 トバニ氏の「So What?」では、《ハイライトを入れたあとのフォローアップの仕方によって批判的思想の形成が期待できる》、というのだ。

 例えば教科書や本を生徒達に読ませる上で、必ず生徒達に書かせるものが、ダブルエントリーフォームというもの。(図1)

図1 So What?ダブルエントリーフォーム


 このフォームでは、まず左側に重要と思う点や、自分自身への接点などを書き込む。そしてそれらに対して「So What?」クエスチョンを投げかけ、何故この自分が選んだ要点が、このトピックや文面を理解する上で重要なのかを問いかけることになる。

 この方法は、生徒達が文章をより正確に理解することだけではなく、自分自身の意見形成を促し、自分の意見を正当化する術を身につける訓練にもなる。また、いろんな先入観や、ある意見が正しいと無条件に思い込んでしまう錯覚を回避するためのツールの一つになると考えられる。(図2)

図2 So Whatクエスチョンの思考回路


訳:
1.テキスト
2.関連性
3.思考ストラテジー (質問提起、結論、ビジュアル作成、思考整理、混乱箇所の認識)
4.So What? 「それでどうした?」
5.この思考回路がテキストをより深く理解するうえでどのように役に立つか?
6.思考回路をテキストに戻す。



 また、「So What?」に似たエクササイズで、「ハイライト&リビジット」というテクニックもある。トバニ氏はこの方法を、主に高校生向けに使うという。最初に生徒は各自で長文やテキストを読み、重要と思う箇所にハイライトを引く。

 各自が読み終わった後に、どの箇所にハイライトを引いたか、そして何故その箇所が重要なのかを、4人一組のグループで議論し、フォームに書き込む。最後に、議論を通して出てきた、より深い考えや新しい疑問などを「ハイライト&リビジット」フォームに書き足していく。(図3)

図3 「ハイライト&リビジット」フォーム


翻訳:
1.「彼は、自分の時間を生きる人達がうらやましいんだ。」(書籍からの引用)
2.これはどういう意味?本当に自分の時間を生きれる人達なんているのか?
3.時間は繰り返すのか?この引用は何かの隠喩?



 国語だけではなく理科などの他教科のテキストでも応用されている。例(図4)にある生徒のフォームには、左側に「ニッチ(生態的地位)」、それに対して、「ニッチは食物や酸素を作り出す働きをする。」とある。この生徒は、「ニッチは、食物や酸素を作り出す働きをする為に重要だ」、と生徒自身の価値観に基づいて理由付けをしている。

図4 他教科のSo What?例


メディアリテラシー

 情報があふれかえる高度情報社会において、マスメディアを読み解き、活用する能力を身に付けることは、批判的思考のベースを築く、重要な要素になる。トバニ氏の国語教育カリキュラムには、メディアリテラシー教育も含まれる。その一例がグループ・シンキングだ。

図5 グループシンキング例


 まず教員が、メディアを賑わせている論争についての記事や、生徒が興味を持ちそうな記事をピックアップし、比較的大きめなコピーを作成する。例に挙げた記事(図5)は、アルコール飲料広告がどのようにして未青年をターゲットにしているか、についての調査結果の記事である。

 生徒はこの記事を読み、一人一人が賛成・反対の意見だけではなく疑問点や情報の真偽性なども含めて書き込んでいく。グループ・シンキングは、特にメディアの読み方に慣れていないクラスに適する。慣れないうちは、どのように意見していいのかが分らない生徒が多いが、グループシンキングでは、先生や他の生徒が、どのように意見を書き込んでいるかを見てヒントを得られる場合もある。

 例えば生徒は、「25のアルコール飲料販売会社が、未成年をターゲットにした雑誌に広告を載せている。」という箇所に対して「子供は大人に比べて確実にアルコールの購買力が少ないのに、なぜわざわざ未成年向け雑誌に広告を載せるのか?」と疑問を投げかけている。
 そし て「未成年向け雑誌にアルコール飲料広告が載っている事」に関して、「これらの雑誌に広告を出稿する事自体が、責任のない行為だ。」と、アルコール飲料販 売会社を批判する生徒もいた。

 グループシンキングがある程度定着し、生徒が意見の仕方を理解してきたら、グループ単位から個人単位に移行する。新聞記事やインターネット記事などは、そのとき話題になっているテーマを選ぶ事ができるので、生徒に時事の問題を教えるだけでなく、その問題を批判的に考える力を養成することができる一つのツールになる。

統計リテラシー

 クリティカル・シンキングは、この情報社会の中で生活するには必要不可欠なスキルになりつつある。統計データを利用した調査報告書や新聞記事は多いが、統計が示す結果をそのまま鵜呑みにするのではなく、その数値がどのようなリサーチを経て出てきたものなのかを分析しながら読む能力、つまり統計リテラシーを身につけることも重要だ。

 例えば、上の例の未成年のアルコール広告記事では、ある生徒が「未成年者は大人に比べ、27%も多くのアルコール飲料関連の広告を雑誌上で目にする」とい う文に対して、「この27%という数字はどこから来たのか?」と疑問を投げかけている。その数値が紙面に載るまでの過程が見えにくい分、バイアスが存在しやすいという意見も少なくない。

 アメリカ社会には「数学恐怖症体質」がある、と聞いたことがある。インターネットが普及する以前には、統計が含まれる研究結果や調査報告書などの情報は今日と比べて、公に出ることが少なかった。数字が含まれる情報は、「専門家」しか理解ができない、という先入観が少なからずあったようだ。

 しかしインターネットが普及し、「専門家」しかアクセスできなかった情報が公になる機会が多い今日では、一般市民が民主主義社会の一市民として、メディアの流す統計の真偽性を判断する責任があるという声が大きくなっている。

 北米ではトバニ氏だけではなく、Connected Mathematics Project3やCollege Preparatory mathematics4といった大手の数学教科書出版社も、中高生向けに統計リテラシー育成のための練習問題を組み込んでいるが、カリキュラムにまで発展した例は、まだ存在しない。

統計リテラシー体験談(次ページ)
 


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宗教とスピリチュアル(ニューエイジ)
クリティカル・シンキングを求めて Vol.1

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