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アートスペース・エクルにて/アウトサイダー・アーティストに出会う

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三沢健直 松本市
day
2010-08-29
 

 アウトサイダーアートに出会ったのは、ローザンヌのアールブリュット美術館だった。時々思い出す程度だったが、2008年に潮留で行われたアウトサイダーアート展で、10数年ぶりに懐かしい作品に再会すると共に、日本にもアウトサイダーアートが存在することを知った。

 それから気になっていた滋賀県のボーダレスアート・ミュージアムNO-MAを昨年訪問し、井上ディレクターからアウトサイダーアートの楽しみ方について伺った。NO-MAが共催した長野県の展示会にも行ってみた。いろいろな作品を見るにつけ、作品だけでなく、作品が作られるところを見たいと思い始めた。こういう作品を作る人たちは、どんな人たちなのだろう?どんな風に作品は作られるのだろう?

アートスペース「エクル」

 折しも、神奈川県藤沢市で、閉局した郵便局を改装したアウトサイダーアート専門の美術施設がオープンしたと新聞で読み、訪問してみた。施設の名はエクルという。古く太い梁などを活かした木質の心地よい内装で、日本財団が改装費用の一部を助成した。郵便局の再利用事例としても見る価値がある。

アートスペース・エクル 外観 Photo(C):よし介工芸館

アートスペース・エクル 作業スペース Photo(C):Misawa

アートスペース・エクル ショップ Photo(C):Misawa


 エクルは、よし介工芸館という障害福祉サービス(生活介護事業)が運営するアートスペースで、美術施設というより、作品を作る工房であり、同時に近隣住民のために開かれた場所として構想されている。そのため、入口には売店があって、一見すると工芸品や食品のお店のようにも見える。通りかかった人が、誰でも立ち寄り易い雰囲気になっている。

 最初に伺った日は、エクルが完成したお披露目の内覧会で、施設の内部まで案内して頂いた。内部の壁には、よし介工芸館に通う人たちの作品が並んで掛けられている。長年、版画作りを行ってきた経験があるためか、特に木版画の作品は、子どもの頃に絵本で見たような、懐かしい感じの、完成度の高いものが多い。作品は総じてレベルが高いものが多い。

 「指導が上手いのですか?」、と聞いてみると、支援員の松原さんは、「教えるのではないです。描く楽しさ、作る楽しさを引き出すのです」と教えてくれた。

 ところで、「指導員」という名称だと思い込んでいたのだが、支援員と言うそうだ。かつての「措置制度」から2003年の「支援費制度」、2006年の「自立支援法」へと、目まぐるしい法制度改正の中で、「指導員」や「先生」という呼称は使われなくなった。作品を作る人は「利用者さん」と呼ばれる。

「模様」 Photo(C):よし介工芸館

「青・六角」 Photo(C):よし介工芸館

「うねり」 Photo(C):よし介工芸館

「版画大仏」 Photo(C):よし介工芸館


作品の販売

 滋賀県のNO-MAでは作品を販売しないのだが、エクルでは作品をコピーして絵ハガキやカレンダーなどにして販売している。キツツキの作品は、アートビリティという障がい者アートの芸術ライブラリーに登録されて、アサヒビールの商品パッケージとして採用されたことがあるそうだ。絵ハガキなどの売上げは全体でプールされて、画材などの費用に充てられる。残りは工賃として支払われている。

 作品の販売については、積極的に行っている施設もあるそうで、アメリカのギャラリーで1000万の値がついたという話もあるそうだ。アートコーディネーターの山北さんは以前、展覧会の際に見学者から、「作品を売って欲しい」と言われたものの、値段をどう付けて良いのか分からず、ためしに「1万円」と言ってみた。すると簡単に売れてしまった。安過ぎたかもしれないと、やや後悔したと、笑っていた。

 だからではないが、それ以降、販売は行っていない。今は、展覧会を開催することを目標にしているので、作品を溜めているからだ。展覧会では販売するかもしれない。

 2度目に訪問したときには、よし介工芸館の本館を見学させて頂いた。エクルの近くにある二階建ての立派なビルで、箸の袋入れなどの作業をする部屋や、機織りなどのアート作品を作る部屋に分かれて並んでいる。

壁の無い雰囲気

 エクルの工房スペースでは、比較的本格的な作品を作る人が作業をしているが、本館のアートスペースでは、より素朴な作品を作っていた。ひたすらツムラ漢方薬の包装を細かくちぎっている青年がいる。アンビエント系の音楽が流れていて、静かに紙に向って色のマジックインキを走らせている人がいる。

 警戒されたり、驚かれたりしたらどうしよう、と少し緊張していたのだが、何も起きなかった。皆、静かに作品を作っている。こちらを見ても、ことさら動揺もせず、作品に戻っていく。拍子抜けするほど、普通の空間だった。何も驚くことはないのだった。誰が来ても自然に受け入れそうな雰囲気がある。見学は、誰でも可能だそうだが、施設を探す父兄や仕事を探す人が多いようだ。

 エクルに戻ると、二つのデスクに並んで作品を作っている。Kさんという青年がこちらをちらちら見るので、「やはり警戒させてしまったのか」、と緊張したのだが、私の誕生日を知りたいという。誕生日を教えると、今年のその日が何曜日か、生まれた年は何曜日だったか、教えてくれた。特別な記憶力の持ち主なのだ。私が驚いたことを確認すると、彼は、そのまま自分の作品に戻っていった。

 自然に受け入れられるような、肩肘張って堅くなった自分の自己意識に気づかされるような、何ともいえず、力が抜けるような気がした。もちろん、いつも静かな訳ではないらしいが、騒がしい人が居ないときは静かなのだそうだ。

 3回目に訪問したときは、若いWさんが、完成したばかりの絵を嬉しそうに見せてくれた。帰りには、握手を求めてくれた。彼らの「策略のなさに解放される感じがする」、と山北さんも言う。やはりそうなのだ。「また来たいな」、と感じるような空気が、ここにはある。

作品を手に取って眺めることもできる Photo(C):Misawa


エクルで働く人々

 施設で働いている人には、アートに関心を持つ人は少ないそうだ。ソーシャルワーカーの資格が必要という訳でもない。大企業を退職してから来る人や、主婦など、いろんな人がいる。非常勤やボランティアの人も多いらしい。支援員の座間さんは、子どもが手を離れたのを機にここで働き始めた。アートに関心はなかったが、今は、どうアドバイスすれば良いか、自分の立ち位置を考えることに、遣り甲斐を感じるという。

 「視点を変えることができれば、誰にも勤まるはずだ」と山北さんは言う。人間にも、魚や昆虫のように、いろんな種類がある。得意不得意がある。多彩な能力がある。それだけのことなのだと。逆に、アートの専門家が「教えてやる」という気持ちで来るとカルチャーショックを受けるかもしれない。

 山北さんは、アウトサイダーアートという言葉ができたのは最近だけど、能力自体は太古の昔から存在していた筈だという。もしかしたら古代の方が、彼らの能力を真っ当に評価していたかもしれない。ナスカの地上絵を見ていたら、アウトサイダーアートと関係があるように思えてきたという。

 アウトサイダーアートとアーティストの双方に出会える施設は、まだそう多くはないが、もし近くにあるなら一度訪ねて見ると良い。一度行くと、何度でも行きたくなってしまうかもしれないが。

 ところで、この文を書いていて、私が初めてアウトサイダーアートに接したのは、もっと早い時期だったことに気がついた。高校生のころ、西丸四方教授の「病める心の記録(中公新書)」を読んだのだ。前半が統合失調症の人の手記で、後半が西丸教授による解説だった。
 金色に輝く手記の世界と、解説の灰色の世界との落差が衝撃的だった。あの金色に輝く世界に、心のどこかで、ずっと惹かれていたのかもしれない、と今になって思うのだ。


ボーダレス・アートミュージアムNO-MA ~「障がい者アート」を超えて~

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