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自立的な発展を目指すサラワクの先住民コミュニティ 1/2回

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伴昌彦 東京都
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2011-04-29
 

 筆者は2010年9月から10月にかけ、マレーシア、ボルネオ島のサラワク州で、過去20年以上に渡って森林伐採、プランテーション開発への抵抗の最前線にあった先住民の村「ウマ・バワン」を訪れた。ウマ・バワンの人々は、企業による開発から森林を守りつつ、自立的、持続的な発展を目指してきた。本稿ではこの村の住民のおかれた現状と彼らが取り組んできた様々な試みを紹介する。

●侵害される先住慣習地の権利

 サラワクでは、森林を開発する企業と先住民との間で諍いが頻発してきた。この際、必ず争点になるのが「先住慣習地」の権利だ。

 本来、サラワクの先住民は土地を私的に所有する概念を持っていなかったが、1841年の英国の探検家ブルックによる支配の確立以降、近代的な土地所有権が導入されるようになっていった。その過程で先住民が慣習的な権利を有していた土地(先住慣習地)の権利は次第に縮小されてはきたものの、一定の条件下で保障されてきた。1958年に成立した現在の土地法でも慣習地の権利は認められている。

 しかし、森林の伐採、開発の際に先住民の権利が軽視される事例は後を絶たない。NGOや海外のメディアからは、背景に政治の腐敗があるという疑念が持たれている。アブドル・タイブ州首相は過去30年に渡ってサラワクの政治を支配してきた。森林資源に強大な権限を有するタイブ首相は、親族や友人の経営する企業に森林の伐採許可、開発許可を与えることで、私腹を肥やしてきたと批判を受けている。

●先住民活動家の苦闘

 ジョク氏・ジャウ氏はいつも険しい顔をしている。眉間に刻まれた深い皺は、彼の苦闘の歴史を物語っている。

 マレーシアのNGO“SAM”(地球の友マレーシア)マルディ支部長ジョク氏は、サラワク先住民のひとつカヤン族で、サラワク北部を流れるバラム川沿いのコミュニティ“ウマ・バワン”で生まれ育った。元々は農民だが、先住民の苦境を世界に伝えるスポークスマン、彼らの森と権利を守る闘士、民族楽器サペの名手、デザイナーと多彩な顔を持っている。

民族楽器「サペ」を演奏するジョク氏


 マルディは石油で潤う都市ミリから、バラム川をエクスプレスボートで2時間半遡った所にある人口は8万人程度の町。中心部にある船着場の周りを10分も歩けば、繁華街の店が全部見て回れるような小さな田舎町だ。船着場の近くにあるSAMマルディ支局の小さな事務所には、日々、慣習的な権利を侵害された先住民達から深刻な相談が寄せられ、ジョク氏の心は休まる暇がない。

 1987年、ウマ・バワンの周囲では、木材会社が先住慣習地の森を伐採しようとしていた。ウマ・バワンの住民たちはこの時、伐採に反対して林道封鎖による抵抗を行った。非暴力の平和的な抗議活動であったにも関わらず、この時42人が逮捕・拘留されている。彼らは不当な逮捕に対して警察と政府を訴え、およそ10年に渡る法廷闘争の末に勝利を収めた。この時の抵抗運動をきっかけに、先住民の土地や森を守るためのジョク氏の長い闘いが始まった。

 彼らは企業による開発から先祖伝来の土地を守り、地域で自立していくため、住民同士の連携が必要だということを認識するようになっていた。そこで1990年、ウマ・バワン住民の有志とウマ・バワン住民協会(UBRA)を立ち上げ、自立的な発展を目指すプロジェクトを開始する。

 こうした活動を通じ、やがて自分達のコミュニティのみならず、苦境に立つより多くのサラワクの先住民の権利を守るため、SAMの活動に加わるようになっていったジョク氏は、1995年、SAMのサラワク支部のあるマルディに移住。自分には教育がないと言いながら英語やパソコンを駆使してサラワクで起きている問題を収集、発信し、解決のために奔走する。こうした技術もNGOの活動を通じ、必要に迫られて40歳を過ぎてから身につけたものだ。

 活動家に対する弾圧の程度は、人権侵害の状況が最悪の国々に比較すればましかもしれないが、暗殺が疑われる事例も皆無ではない。ジョク氏自身かつてパスポートを没収され、10年近くに渡り、出国を禁じられていたこともある。恐怖を感じることはないかと尋ねてみるとこんな答が返ってきた。「私達の活動は全て法に基づいて行なわれている。だから恐れを感じる必要はない。全く危険がないわけではないが、より多くの人々がこの活動に加わることで、危険は少なくなっていく筈だ。だからこそ人々にこの問題を訴えているんだ」

 街に住む現在もジョク氏は漁が大好きだ。多忙を訴えながら、仕事中でも息子達が獲った魚や亀を受け取りに川へ行き、川沿いのコミュニティを訪問する途中にも自分が仕掛けを設置したポイントをチェックしに行く。しかし彼の貴重な息抜きのひと時にさえ、企業が侵入してくる。

 最近ではジョク氏が漁で捕る魚は随分と減ってしまったという。その要因のひとつと考えられるのが企業活動だ。森が伐採されて、川の水の濁りはひどくなった。また、町のすぐ上流に3年前、オイルパームのプランテーションが開発された。このプランテーションに隣接するイバン族のコミュニティでは、それまでになかった皮膚病が蔓延しているという。SAMはこの皮膚病とプランテーションの排水による汚染との関係を疑っている。

 今年59歳になったジョク氏は、そろそろ引退することを望んでいる。先住民の権利を守る活動の一線を退いたら、故郷に戻って森作りや畑仕事に専念したいと言う。しかしサラワクの先住民達のおかれた状況は今も厳しく、問題は山積している。「この仕事にはクリエイティビティ、経験、優しさ、勇気。全部が必要だ。それらを持ち合わせた人間がなかなかいないんだ」SAMの若いスタッフ達は高学歴だが経験不足だ。ジョク氏はまだまだ引退出来そうにない。

●ウマ・バワン(UBRA)住民協会の活動

 SAMの事務所のある町マルディから、バラム川をエクスプレスボートで遡り、ジョク氏の故郷ウマ・バワンに向かった。森林資源の減少した現在も伐採は続いており、途中、木材や砂利を運ぶ巨大なタンカーに何隻もすれ違う。

 エクスプレスボートの終点、ロング・ラマの町の船着き場に、ジョク氏の甥でUBRAの中心メンバーのジョキン氏が人当たりのよい笑顔で出迎えてくれた。ジョキン氏は40代前半。背は高くないが、肉体労働を通じて鍛えられているのか、分厚い体をしている。この町からウマ・バワンまでは、彼の運転する小さなモーターボートで更に2時間近く川を遡る。ジョキン氏の子供時代、森はもっと広大で、大きな木もたくさんあったが、今では樹も森の面積も随分小さくなってしまったと言う。両岸に広がる森に、確かに殆ど巨木は見えないが、今も濃緑色で鬱蒼として見えた。

 サラワクの先住民の多くが、ロングハウスと呼ばれる、多世帯が共同で生活する集合住宅(長屋)に住んでいる。建物の前面にコミュニティスペースと廊下を兼ねた巨大なテラスが、その横に各家庭の部屋が配置されている。

 ウマ・バワンは元々ロングハウス数件の小さな村だが、多くの村人が街に流出し、ロングハウスには空き部屋が目立つ。ジョキン氏自身も以前は街に出て会社勤めをし、配電工事等の仕事をしていたそうだが、故郷のために働きたいとウマ・バワンに戻ってきた。

 ジョク氏達が伐採に対する反対運動を展開していたおよそ20年前、ウマ・バワンの村長は企業から賄賂を受け取って伐採を容認した。サラワクでは企業や行政と癒着した村長が、村人の意向に反する決定をすることは多い。こうした路線の対立もあり、UBRAメンバーはウマ・バワンと別の場所にプロジェクトサイト「スンガイ・クルアン」を建設した。

 と言っても、これで住民達が分裂してしまったわけではない。普段は学校や教会のあるウマ・バワンに居住し、数キロ離れたスンガイ・クルアンに通っているUBRAメンバーもいる。本当はスンガイ・クルアンに住みたいと言うジョキン氏も、小学生の子供たちを学校に通わせるため、ウマ・バワンから通っている。

UBRAの取り組むプロジェクト

 ウマ・バワンからスンガイ・クルアン最寄りの河岸までボートで約20分。しかし、クルアンは山の上方にあり、歩くと1時間はかかる。そこで、伐採道を通る木材会社に便乗させてもらうため、岸で会社の車が通るのを待った。
内陸の先住民の村には、企業が入らない限り道路も作られない。UBRAの人々も伐採道路に依存している。木材会社の車両をヒッチハイクすることは、彼らが反発する企業に頼らざるを得ない皮肉な現実かもしれないが、開発に抵抗する一方で企業と共存するしたたかさにも見えた。

 90年代半ば、彼らの慣習地にオイルパームプランテーションの開発が迫っていた。これに対し、UBRAは最先端のGISの技術を使ってコミュニティマップを作るプロジェクトを実施した。地図は慣習地の境界を証明する上で有力な証拠となる。彼らは地図によって慣習地の境界を明確に示すことに成功し、プランテーション計画から彼らの慣習地を除外させることに成功した。UBRAはこの経験を他のコミュニティにも伝え、これ以降、SAM等のNGO支援を受け、多くの先住民の村で地図作りが行なわれるようになった。

 ところが、2001年サラワク州政府は、測量士の資格を持たない者が地図を作ることを制限する法律を制定した。先住民による地図作りの規制を意図したものだろう。違反すれば逮捕されることもあり得るが、SAMでは法律制定後も地図作りを続けている。現在の所、逮捕者は出ていない。「我々の技術を必要としている人々から頼まれて地図を作っているだけだ。それを禁止するというなら人権問題だ。逮捕するならすればいい。闘う準備は出来ている」ジョク氏は言う。

 クルアンでUBRAの住民が力を入れているのは森林の再生だ。陸稲を植えていた畑の跡地にメランティ、カポール、イリペナッツ等の在来種を植え、森を育てている。

 10年前に植樹した共有林のプロジェクトサイトを見学させてもらった。そこでは木々が既に10m以上の高さに成長して森に育ち、植樹を始めた頃にはいなかったというセミの声が、騒々しく響いていた。

 森林再生のプロジェクトにより、成長した樹を将来、木材等として利用すること、森林の破壊に伴って減少しているイノシシ等の野生動物の個体数を回復させること等が期待されている。これらに加えて重要な目的が、慣習地の境界を明確にすることだ。慣習地の場所が不明瞭だと、企業による開発のターゲットになる恐れがあるため、植林することで、そこが慣習地だということがはっきり分かるようにしている。

 プロジェクト開始前には住民主体の森林再生は難しいという声も聞かれたが、既に約10haを超える土地で2万本以上の植林に成功している。住民による自発的な取り組みによって、この小さなコミュニティは環境保護に関わる国際的な数々の賞を受けた。

 また、UBRAでは、非木材林産物(NTFP※)として、3年程前から“ラタンプロジェクト”にも取り組んでいる。ラタン(籐)は熱帯雨林の林床に育つヤシの仲間の植物で、細く切ったものを編み、マットや家具や籠などの様々な用途に使われる。商品価値の高い林産物だが、森林の減少に伴って減少してきた。将来的に商品化を目指し、現在林床でその苗を育てている。このプロジェクトは、クルアンの更に上流部にある、定住したプナン族のコミュニティでも始められ、ジョキン氏らもその支援をしている。しかし森林再生やラタン栽培が収入を生み出すまでには時間がかかるので、資金調達が当面の課題だ。

 ジョキン氏、ジョク氏達はコミュニティの共有地のプロジェクトだけではなく、個人でも森を育てている。92年に植樹されたジョク氏の森の中には、20メートル以上ありそうな高い樹も見られた。

ジョク氏のアグロフォレストリー


 ジョキン氏の森にはマンゴー、ドリアンなどの果実やゴムの樹も植えられ、アグロフォレストリーが実践されている。森の成長に伴い、イノシシも樹の実を食べに来るようになった。二人の森の中には、よく見ると所々にイノシシののたうち回った跡やシカの足跡が見られる。「子供たちが今の自分の歳になった時、この森はどうなっているだろうと想像するんだ」ジョキン氏にとって、森作りはもはや人生になっていると言う。(続く)


自立的な発展を目指すサラワクの先住民コミュニティ 2/2回

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