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エザトラ・サハビ氏追悼  インタビュー:イランで民主主義とイスラムの共存は可能か

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ほうきじゅんこ ベイルート、レバノン
day
2011-06-24
 

Photo:あれずの語り場

 先月末2011年5月31日、イランの反体制勢力のひとつで民主主義を求めるグループのリーダー、エザトラ・サハビ氏が81歳で死去しました。

 さらに翌日の葬儀で、娘のハレー・サハビ女史が心臓発作を起こして死亡し、その死因をめぐってイラン政府と反体制派の間で主張に食い違いが見られます。

 以前、エザトラ・サハビ氏とテヘランで行ったインタビュー記録がありますので、同氏を追悼してここに掲載したいと思います。

 サハビ氏は元々エンジニアでしたが、イラン革命前・革命中には、シャーの独裁に反対し、イランで最も人気のある知識人のうちのひとりでした。シャー政権下で10年以上投獄された後、イラン革命後に国会議員となり、イラン政府の予算計画長官として、貧困層への支援を重視した予算案を数多く作成しました。

 その後、イスラム聖職者による非民主主義的な傾向を強めたイラン政府に異議を唱えたため、政権から追放されましたが、晩年も繰り返し投獄されながら民主主義とイスラム教の共存を訴え続けました。以下は2004年にサハビ氏のテヘランの事務所で行なったインタビューからの抜粋です。現在のイランの状況も当時とあまり変わらず、同氏の言葉は今も色あせていません。

質問1:シャーによる独裁政治を倒した1979年のイラン革命後、何が起こったのですか?なぜ革命成功の後、今度はイスラムの聖職者による非民主主義的政治が行われるようになったのですか?

エザトラ・サハビ氏(以下、サハビ氏):イラン革命後の社会改革失敗の理由のひとつとして、権力に対する固執が挙げられます。イラン革命を率いたホメイニとその支持者達は、イスラム法の枠内での、ある程度の自由と平等は認めていましたが、一般の国民による完全な民主主義を支持していたわけではありません。

 それに加え、ホメイニのカリスマ性が、彼にあまりに強大な権力を与え、すべてのことを決める権限を与えてしまいました。これが彼の独裁の始まりとなったのです。更に、イスラム教シーア派の歴史的解釈では、一人のリーダーに率いられたイスラム国家の存在は正しいものであるとされています。

質問2:イラン革命はホメイニのグループだけでなく、様々な社会グループが圧制のない自由で平等な社会を求めて一緒になって起こした革命でした。それが、どうしてイスラム教を基盤とした現在のような自由や平等を欠いた政治システムになってしまったのですか?

サハビ氏:その理由として、グループ間の争いが挙げられます。イラン革命後、革命を一緒に成功させた異なった政治グループ間の争いが絶えず、政治的カオスが生じました。これに対抗するため、既に権力を握っていたイスラム教保守派グループは、他の政治グループを弾圧しました。

 また、イスラム教聖職者、企業家、ホメイニ支持者ら、権力を握っていたグループ内での非民主主義的な考え方も、影響を及ぼしました。彼らはそれぞれイラン国民の利益よりも自分達の利益を優先させたのです。

 イランは、イラン革命によって今のような強硬なイスラム国家になったわけではなく、その後の政治闘争の間に、徐々に自由と当初のイデオロギーを失い、革命の大義からそれてしまったのです。

質問3: イランでは、現在イスラム教聖職者による神権政治が行われていますが、それに対する国民の不満や国際社会からの批判も高まっています。政治と宗教の関係において、あなたの考える「セキュラリズム(secularism)」とは何ですか?

サハビ氏:私の考える「セキュラリズム」とは、政治から宗教を完全に閉め出してしまうのではなく、民主主義の枠組みの中で、他の政治グループと同様に、宗教色のある政治グループにも同等の権利と地位を与えることです。

 しかし私は、国家システムそのものを特定の宗教基盤の上に作ることには賛成しません。私自身はイスラム教徒ですが、政治、社会、歴史といった社会現象は、人間によって作り上げられていくものであり、これらが神によって支配されているとは考えません。

 宇宙や人類の誕生も、科学的根拠のある解釈を受け入れます。また、セキュラリズム=政教分離という考え方がありますが、これに対するイランでの考え方は西洋でのそれとは違います。

 例えば、フランスの公立学校で女子生徒がスカーフを被れない、というのはフランスではセキュラリズムかも知れませんが、イランでは違った形での権利の剥奪ということになりかねません。また、米国の新しい大統領が就任する際にキリスト教の聖書を使って誓いを立てるのは、フランスでいうところのセキュラリズムの精神には反するかも知れません。

 このように、セキュラリズムの定義は国ごとに違います。ですから私は、その国の人々が民主主義的に受け入れたものであれば、それはそれで良いのだと考えます。

質問4:イスラム教の教義は現代の社会に適応していると思いますか?それとも新しい解釈が必要でしょうか?もし新しい解釈が必要な場合、誰がその解釈をできると思いますか?

サハビ氏:イスラムの教えには、変えられない教義と比較的自由に解釈できる教義の2種類があります。ですから、社会の変化に伴う新しい解釈というのは可能だと思います。人々はコーランにある言葉にそのまま従うだけではいけません。
 自分で考え、理解し、解釈しなければなりませんし、それはイスラムの聖職者だけでなく誰でも個人でできることです。その人なりのコーランの解釈の仕方、というのがあってよいのです。

質問5:イスラム教の教えの一部が男女平等の精神に反するのでは、という意見がありますが、これについてどう考えますか?

サハビ氏:イスラム教の解釈の仕方で、女性と男性は平等になれると思います。もし伝統的なイスラムの解釈が今の社会に当てはまらないのであれば、個人で新しい解釈をして納得できればよいのです。

 イスラムの教えの中のひとつに、争いと憎しみを避けるために柔軟かつ寛大であれ、というのがあります。細かい教義にこだわるより平和が大事なのです。ですから、イスラムの伝統的な解釈が男性と女性の間の平和をみだすのであれば、平和を維持するために新しい解釈を試みることが大事です。

 イランでは現在女性にはヘジャブ(イスラムの教えに従い、顔と手首から先以外の体を覆うこと)が義務付けられていますが、ホメイニでさえヘジャブは個人的なものであり強制されるべきものではない、と言いました。

質問6:近年、イスラム教徒が異なった文化や宗教を持つ人々と接する機会も増えると共に、それによって生じる摩擦も増えています。イスラム教徒が違った文化を持つ国において、イスラムの教え通りに行動しようとすることについてどう思いますか?

サハビ氏:異なった文化を持つ人々に敬意を払うことは重要です。そして、人々には自分が実践したい習慣や生き方を選び、それを実行する自由があります。それらは決して強制されるべきものではありません。しかし、もしイスラムの教えがその社会・文化形態にそぐわないのであれば、それを無理やり押し通そうとするよりは、柔軟になった方がよいと思います。

 例えば、違った文化を持つ国においてさえも、ヘジャブを被るのはムスリム女性の権利だと主張することもできますが、その国の文化に合わせてヘジャブをしない道を選ぶこともできます。毎日お祈りを欠かさずイスラムを心から信仰している者を、ヘジャブをしないという理由だけでイスラム教徒ではない、と断じることはできません。

 ですから、その国の文化や習慣を尊重して柔軟になることと、イスラム教徒であることとは矛盾しないはずです。ただし、私の意見も含めどんな考えも強制するべきではありませんから、最終的な判断は個人に任されるべきだと考えます。


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