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ブータンの有機農業と国民総幸福(GNH)(1)

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前田智佐子 オランダ
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2011-09-20
 

有機農業で人は幸せになれるか?

 ブータンは、ヒマラヤ山脈東部に位置し、北部をチベット、南部をインドに接している。持続可能な発展の指標としてGNH(Gross National Happiness)を掲げ、GNH向上政策の一環として、2025年までに国土全体を100%有機農業にすることを目標にしている。筆者は現在GNH Commission のコンサルタントとして有機農業がどのようにGNHに貢献するのか、またどのような問題があるのかについて調査をしている。

 2010年、ブータン東南Samdrup Jongkhar地区は、世界初の有機農業地区を宣言すべく、パイロットプロジェクトとしてSamdrup Jongkhar Initiative(SJI)を立ち上げた。仏教リーダーであるJamyang Khyentse Rinpoche(ジャムヤン・ケンセー・リンポチェ)氏を中心に、地元農家や商人、政治家、ボランティアたちが有機農業の推進し、住民の間で化学肥料をこの地区では販売しないとの合意に至った。

 しかし、家畜を飼っていない農家からは「十分な肥料が手に入らない」との懸念の声が上がっている。
 また、「オーガニックに換えてから果樹が全部病気で落ちてしまった。殺虫剤を使わなければ病気をコントロールできない」と、収入の多くを蜜柑の輸出に頼る農家は嘆く。

 ブータン国内での化学肥料の使用量は伸び続け、2000年から2007年で約2倍になった。このような状況下で、化学肥料、農薬の全面禁止は果たしてGNH、国民の幸福を向上させることができるのだろうか?

蜜柑農園で殺虫剤を散布する専門家


Marthang(マルタン)村の持続的農業

 Samdrup Jongkhar(サムドラップ・ジョンカル)地区Marthang村は、最寄りの車道から川を渡り、山道を登ること1時間の距離に位置する。33家族が暮らすこの村では、1エーカーほどの土地でトウモロコシや野菜を育て、冬の食べ物が不足する時期に備え、天井裏には干しシイタケやトウモロコシ、乾燥させた穀物類がぎっしりと保存されている。
 種も自分たちで保存し、来年植える。電気は2か月前に開通したばかりだ。月に一度50kgの米俵を担いで上がらなければならないのは結構な労働に違いないが、歌を唄いながら家路につく村人たちの笑顔は絶えなかった。

Marthang村への家路に向かう村人たち

Marthang村への家路に向かう村人たち

屋根裏に吊るされた保存用トウモロコシ


 Marthang村のほとんどの家庭は農業を営み、化学肥料・農薬は未だかつて使用したことがない。トウモロコシの収穫後に家畜を放し、残渣を食べさせると同時に、排せつ物を直接畑に投入するTethering(テザーリング)という農法が広く用いられている。
 この地では古くから焼き畑農業が行われていたが、森を70%以上に維持するという政策の下、焼き畑は法律で禁止された。焼き畑をやめてから「以前は何もしなくてもよく育っていた作物が、家畜糞がなければ育たなくなった」と、村の農家は言う。

 現在、家畜小屋はなく、放し飼いになっている家畜の糞を集めてコンポストを作るということは行われていないようだ。肥料として使える排せつ物が無駄になっていると説明すると、余計な労働が増えると渋る住人もいたが、多くがコンポストの設置に意欲を示した。車道へのアクセスが容易な村の住人に比べ、安易に肥料を買うのではなく、村内で利用できるものを活用した持続的農業への関心が高いように思われた。

食糧自給率と有機農業

 ブータンは閉ざされた環境で自給的生活を営んでいるというイメージがあったが、実際には、米の51%、豆類の50%、食用油脂の75%を輸入に頼っている。インドに国境を接するSamdrup Jongkhar(サムドラップ・ジョンカル)地区の市場は、特にインドからの輸入製品に席巻され、地元食品を探すのが難しい。なぜ地元食品を手に入れるのが、これほど困難なのだろうか?

 それは、ほとんどの農家が自給的生活を行っているため、農産物を販売することがないからだ。なぜ販売用の野菜を作らないのか尋ねると、農家は口をそろえて言う。
「家族が食べる以上に採れないと市場に出荷できない。農地が狭いうえに、猿や象が作物を食べてしまうので、徹夜で見張らなければならない。自分たちが食べる以上に生産するのは困難なのだ。」と。

畦道に転がる野生ゾウの糞


 ブータン政府は2015年までに食糧自給率100%を目指している。自給率100%達成のためには、少なくとも米の生産を2015年までに倍増させなければならない。先日、ブータンのメディア、Bhutan Observerで「オーガニック神話と現実」と題された記事がトップ紙面で紹介された。

 「深刻な土壌侵食により、もともと土壌肥沃度が低いブータンでは、化学肥料を投入しなければ十分な収量を確保することができない。有機農業100%と食糧自給率100%の達成は両立できない。このままでは、2兎追うもの1兎をも得ずになってしまうに違いない。」(Bhutan Observer 29th April 2011)

 一方で、化学肥料の使用を12年前にやめたというSamdrup Jongkharの農家、Sangay Tinley(サンゲイ・ティンレイ)氏は語る。

 「同じ収量を確保するために、化学肥料の使用を年々増やさなければならなかった。肥沃な表土は大雨でながされてしまうためだとわかり、化学肥料の代わりに有機物を入れ、土壌保全に力を入れるようになった。今は、化学肥料を使っていた時よりもよく育っている。」と。

Sangay Tinley氏とトウモロコシ畑


 ブータンの農地はリン酸や亜鉛、微量栄養素が不足していることが知られている。尿素を中心とする化学肥料の投入では微量栄養素の供給が不足するばかりか、pHを低下させ、リン酸の吸収がさらに困難になる。
 反対に、有機物の投入、カバークロップ(被覆作物)による土壌の被覆、間作、輪作などの有機農業技術は、土壌の弾力性を高め、生産性の改善につながる。

 現在、Samdrup Jongkhar地区ではほとんどの農家が輪作やコンポストについての知識を持っておらず、トウモロコシや穀物を連続して育てている。ブータンの土地に適した輪作体系や生物農薬の開発、コンポスト作りの推進が有機農業による食物の自給に向けて必要とされている。

参考文献:
Bhim B.G., Jensen H., Christiansen J.L. 2010. Recovery of nitrogen fertilizer by traditional and improved rice cultivars in the Bhutan Highlands. Plant Soil. 332: 233-246
Bhutan Observer 29th April 2011. The myth and reality of organic farming. Avairable at [http://www.bhutanobserver.bt/myth-reality-organic-farming].
Karma D.D. 2008. Agriculture and Soil fertility management in Bhutan: An overview.
Ministry of Agirculture (MoA). 2010. Agricultural Statist ics 2009. Royal Government of Bhutan
National Organic Program (NOP). 2007. A guide to Organic Agriculture in Bhutan. Ministry of Agriculture. Bhutan.
RNR. 2008. Promoting organic farming in Bhutan: a review of policy, implementation and constraints.
Tsering Om. 2010. Samdrup Jongkhar Initiative: profile of sumdrup jongkhar dzongkhag.
Samdrup Jongkhar Initiative website [http://www.sji.bt/]


インド有機農業レポート Vol.3
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