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原発推進派の名を連ねたフィンランドの『利己責任の碑』

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靴家さちこ フィンランド/ケラヴァ 
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2012-07-16
 

 立ちのぼる煙と二度に渡る爆発、いつまでも続く放水活動――これらの福島原発事故の映像にくぎ付けになりながら、「このような危険な原発が、なぜ作られたのだろう」と改めて歴史を振り返り、過去の先達の選択に疑念を抱いた人たちがどれほどいたことだろう。もしもその折に、日本のどこかに、過去の推進派達の名を刻んだ石碑のようなものがあったならどうであっただろう。

 例えそのような碑があったとしても、事故が防げたわけではない。失われた命や生活が守られたわけは決してない。それでもせめて私達は、福島第一原発所の建設を承認した当時の推進派たちの名前を瞬時にして知ることができただろう。そして彼らは、自らの名が世に再認識されることによって、過去に犯した利己的な判断に対して、わずかながらの責任を果たせていたのかもしれない――実際には、そのような碑は日本には存在しないのだが。

 『イッツェッキューデン・ムイストメルッキ(Itsekkyyden Muistomerkki:利己責任の碑)』――それは、電力の3割を原子力でまかなう欧州第二の原子力推進国フィンランドに存在する。建立は2010年7月1日――福島原発事故が起こる2年前のこと。同国には既に原発が5基あるところに、独エネルギー最大手エーオンの子会社、フェンノヴォイマ(Fennovoima)社とフィンランド産業電力(TVO)によって合計2基の新規原発の建設がフィンランド国会で認可された日であった。

 国会の決議は、国民の52%(※)という、フィンランド史上初の過半数を超える反対意見を押し切って行われた、民意に沿わないものであった。国民の多くは、原発の安全性に対する不安と核廃棄物の処理場の容量が十分にないという見解から原発の建設に反対していたのだった。

 そのとき、グリンピースのフィンランド支部が思い立ったのが、前述の『利己責任の碑』の制作である。高さ2.7メートルに幅1.5メートルの一枚板の花崗岩には、新規原発の建設に賛成票を出した129人の国会議員の名前が刻まれている。これほどの堅い素材の碑であれば、票欲しさに利己主義に走った政治家の名前が未来永劫残るだろう。

2010年6月にはヘルシンキ中央駅前に設置されていた『利己責任の碑』


 グリンピース・フィンランド支部のユハ・アロマー氏によると「この碑の制作は、国会の投票の後に始めたため、記載すべき議員の名前は全て明白だった。そういう意味では作業は簡単だったが、名前を記された議員の中にはひどく気分を害された人もいる」とのことだ。

 一般市民からの評判は上々で、3千キロという重さではありながらも持ち運びできるように作られたこの碑は、ヘルシンキ中央駅前や国会議事堂前など、グリンピースの反原発運動において人々の目を引き付ける重要な役割を果たしてきた。その効用が認められ、この碑は、2011年4月にフィンランド・グラッフィックデザイン協会「グラフィア」から、2010年にフィンランドで最も有効で革新的なコミュニケーション・メディアであったとして金賞が授与された。

 結果的には決議通り、上記2基の新設原発は、それぞれフィンランド西部のオルキルオト原発内と北西部のピュハヨキにて建設が開始されてしまったが、『利己責任の碑』はヘルシンキ中央のトーロ湖畔に居座り続けている。碑が設置されている私有地のオーナーであるアウリス・ユニス氏も、もちろん反原発主義者。碑は、正しい地主が提供した安住の地で今日も時を刻み続けているというわけだ。

 大飯原発の再稼働の件でも、残念ながら今の状況では一般市民の声が国に届きそうには見えない。ならばせめて、日本でもこのような『利己責任の碑』を作ってみてはどうか。硬い岩に刻まれる名前の一つ一つが、いつ、どのような機会に後世の人々に読み上げられることになるのか――その日のことまで想いを巡らせた上でなおも賛成派を名乗るのかと賛成派議員達に再考を迫る一つの手段ぐらいにはなるのかもしれない。

(※)グリンピース・フィンランド支部調べ


フィンランドで福島原発事故はどう見られたか

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