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暴動で明らかになったスウェーデンの移民問題

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横山 渚 スウェーデン・オレブロ
day
2013-07-28
 

今年5月の半ば、スウェーデンの首都ストックホルムで大規模な暴動が発生しました。最初に事件が起きたのは、ストックホルム郊外のヒュースビーという移民が大変多い地区です。同地区において、自宅で刃物を振り回していた69歳の外国人男性が、警察官に射殺されたことが発端とみられています。

各地の移民コミュニティで暴動発生

それから数日後、暴動は比較的大きな都市の移民コミュニティーにも飛び火しました。例えば、スウェーデン国内でも「外国人」と「スウェーデン人」 の分離が顕著なオレブロ市。市街地から数キロ離れた複数の地区で、車両への放火や警察官への投石、学校の窓を割られるなどの被害が相次ぎました。

被害にあった地域の一つヴィヴァラは、オレブロ市の中でもとりわけ住民に占める外国人の割合が高く、小中学校のクラスにスウェーデン人が1~2人居るか居ないかという大型団地です。警察や地元の人々の話によると、犯行に及んだ20~25名の若者らは、この地区の住人ではなく、問題を起こせる場所を求めて放浪している集団ではないかということ。外国人が多数を占める地域を狙った、ヒュースビーの模倣犯である可能性が高いそうです。

ヒュースビーにしても、ヴィヴァラにしても、学校に行かない児童生徒が多い、中学卒業資格の取得率が低い、大人も職に就かず補助金で生活している、犯罪率が高いなどという、ネガティブなイメージが常につきまとっています。それでも、住民や行政の長年の努力により、失業率は低下し、児童生徒の成績向上も見られているそうです。

実際、ヴィヴァラ中学校では、2011年には27%の生徒しか高校進学に必要な単位が得られなかったのに対し、2012年には70%にまでアップしています。少数の無法者が起こした今回の事件で、また地区のイメージが悪化してしまったしまったと、住民は嘆いています。

平等社会の陰に潜んでいるもの

高福祉の国、平等社会というイメージが強いスウェーデン。OECD加盟国の中でも国民の所得格差が小さい国ではあるものの、最近では格差の拡大が著しく目立っています。暴動の中心となったグループが、事件が発生した地域の住民であるなしに関わらず、外国人が社会からの疎外感、学業についていけない、職を得られないことによる将来への絶望感を常に抱いていることが、今回改めて浮き彫りになりました。

また、特定の地域から来た外国人への社会から受ける有形無形の差別も、不満の原因となっているようです。社会に対する不満、思うように社会に入っていけない自己に対するフラストレーション、それらをどこに吐き出したらよいのかと葛藤している若者が大勢います。

今回の暴動で、移民に寛容と思われてきたスウェーデンでも、根底ではメディアが報じない、または報じたがらないひずみが生じているという現実が明らかになりました。

政治家は、外国人の多い地区における学校環境の整備、ティーンエイジャーとしてスウェーデンに移り住んだ若者へのスウェーデン語支援の充実、中学や高校の卒業資格習得率の向上、外国人の就業率アップを目標に掲げています。また、都市の機能を郊外に拡散する、企業が郊外に移転した場合に減税するといった意見も出されています。しかし、それで問題は解決するのでしょうか。

スウェーデン人の不満の原因

スウェーデンでは、どんな理由で移り住んだにせよ、希望する全ての外国人に無料でスウェーデン語教育を提供しています。また、スウェーデン国籍を持っていようとなかろうと、住民であれば大学までの教育費は無料、義務教育および高校では母国語教育の時間というのもあります。子供の医療費もかからず、出産にかかる費用も全て無料です。これら費用は、国民からの税金、つまり就労している人々の給料から捻出されていると言うことになります。

一生懸命働いて支払った税金が、「自分たち」ではなくて「外国人」に優先的に使われるか。自分たちはギリギリの生活費で子供を養っているのに、無料で出産し、職もないのに大家族となっていく外国人には生活保護を与えるのか。社会の機能を郊外に移転させたら、中心地にすんでいる自分たちの利便はどうなるのか。

OECDの調査によれば、失業率が高く補助金で暮らしていると思われている外国人でさえ、国家財政に貢献していることが明らかになりました。それでも、スウェーデン人の中には、外国人を養ってやっている、外国人によって自分たちの暮らしが犠牲になっているという意識を持っている人々がいます。

外国人ではあるけれど、明らかな差別を感じたことのない第三者的な立場からすると、スウェーデン人は、キャパシティを超えてまで移民を受け入れる政府に不満がある、あるいは個別の外国人に対して嫌悪感を持っているというよりも、特定地域からの集団としての外国人にイライラしているように見えます。

人道的観点から、移民を受け入れることに反対はしない、でも古きよきスウェーデン村を維持したいというのが本音なのではないでしょうか。大きな声で移民問題に異を唱えたくはない。けれども、今まで学校で伝統的に行われていたクリスマス会や、教会での終業式などを廃止することについて、その時期になると毎年のように議論が飛び交っているのが、その一例です。

スウェーデンの中の異国コミュニティ

スウェーデンに多い中東や旧バルカン、アフリカ諸国などからの移民は、すでに同胞がこの地に根を下ろしていて、強力なコミュニティを作り上げています。そこでは、ご近所さんは同郷者で母国語で会話が可能なのでスウェーデン語は殆ど使わない。日常品の買物も自国のものが簡単に手に入る、伝統的な行事も同胞と行える、という環境です。スウェーデン人と交流する機会もないし、交流する必要もないという人も多いことでしょう。

近年、家族の呼び寄せによる移民の増加傾向を見ると、一定の地区に外国人が集まっているのは、家族や親戚、知人の近くで暮らしたいと移民自身が希望しているというのが主な原因となっているようです。それは、インテグレーション政策が十分に機能していないからとも言えるかもしれません。

ただ、同胞コミュニティの中だけで暮らしている人を見ると、「郷に入っては郷に従え」という諺が時折、頭をかすめます。そう考えるのは、どのコミュニティにも存在していない者の僻みかもしれません。選択肢のない状況でこの国に移り住んだ人々からは、反論もあることでしょう。いつか本国に帰るから、苦労してスウェーデン語やスウェーデン文化を習得する気もない、という人の気持ちも分からなくはありません。

しかし、職がないと嘆いても、その国の言語が十分でなかったり、文化に対する理解が足りなければ、就職が難しくても止むを得ません。近所に公共施設が少ないと言っても、それは外国人に対してだけの問題ではないはずです。補助金についても然り。スウェーデン人でも、最低限の生活をしている人はたくさんいます。行政に頼るだけでなく、自ら状況を改善する努力も必要でしょう。

「外国人」と「スウェーデン人」の歩みよりは可能か

ここで言いたいのは、外国人もスウェーデン人に合わせて行動すべき、ということではなく、私達が持っているアイデンティティを失うことなく、既にスウェーデンに築かれてきた社会に歩み寄ることも重要であるということ。実際、語学学校などで知り合った友人の中には、そのように努力し、社会参加を果たしている人が大勢います。スウェーデン生まれでなくても、国際レベルで活躍し国民的人気のあるスポーツ選手は何人もいます。

一方のスウェーデン人も、スウェーデン人の名前でない、青い目、金髪でない、という理由だけで、外国人を差別したり排除したりしないこと。外国人だけに改善を期待するだけでなく、異なったな文化や思想を持つ人々の人格や、彼らの伝統を受け入れる努力と勇気が必要だと思います。

日々、外国人とスウェーデン人の葛藤を目にしながら、双方の歩み寄りによって見えない壁を取り除けないものかという理想論を述べました。しかし、専門家らが知恵を出し合っているにもかかわらず、状況はなかなか改善されません。ある国家で社会背景や環境の異なる人々の要求をどう満たしていくかというのは、永遠の課題になるのではないかというのが、住民としての実感です。


移民のための語学学校/スウェーデン

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