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燻し銀 地域に根ざして生きる vol.1

~井手達雄の場合~

leader from from
桑原美砂子
day
2006-08-21
 

 降って沸いた話

 「楽しいことは、自分で見つけるんだよ。」
そう言って顔をほころばせたのは、井手達雄・70歳。福岡県春日市の須玖南地区公民館前館長である。平成18年の3月まで3年8ヵ月の間に、それまでほとんど実態のなかった公民館活動を飛躍的に発展させた。

 一見、強面なので第一印象で誤解されやすい。しかし自分では「それもよし」と思う。言うべきことは言う。するべきことはする。必要とあれば『あえて苦言を呈する人』でもある。
 「大事なのは、人の心に届く言葉を発すること。」
 その一点が揺るがない。最初に誤解した人もやがて彼を信頼し、協力するようになるのはそのためだ。

 在任期間が、なぜ4年ではなく3年と8ヵ月なのか。それこそが、公民館再生の物語の始まりだ。
 様々な人間関係のしがらみと感情のもつれが原因で、館長をはじめ公民館役員の約半数が同時に辞任してしまった、平成14年7月。自治会長は頭を抱えていた。

 ここで少し説明すると、自治会とは地域住民の

  ・安全の確保
  ・環境の保全と美化
  ・住民の親睦と情緒的充足
  ・行政サービスのための行政と住民の架橋
  ・行政に対する抵抗の核

といった役割を果たす、地域コミュニティーの中心的存在。
(※出典 『コミュニティー活動と自治会の役割』 倉田和四生 http://www-soc.kwansei.ac.jp/kiyou/86/86-ch3.pdf)

 その中の、主に文化・教養・レクリエーション活動の部分を負い、自治会の中でも自主的に活動するのが公民館という組織だ。

 そこで当時の自治会長は会議の際、辞任した公民館長の後を引き継ぐ者が自治会を運営する評議員から出るよう頼み込んだのだった。その中に井手もいた。
 井手は人ごとのようにその話を聞いていた。なぜなら、当時でも彼はその中で最高齢。自分に話が回ってくるとは思いもせずに、「そんなことがあったのか。たいへんだなぁ。」と呑気に構えていた。
 「井手さんがいい。井手さん、やってくれんですか。」という声が上がるとは、全く考えてもいなかったのだ。
 一人がそう言い出すと、周りも皆同調した。
 「何を言ってる。もっと若い人がいるだろう。」
そう言ったものの、断るに断れない雰囲気が出来上がってしまった。言い出した人も一緒に公民館役員になると言う。
 平成14年度の残り8ヶ月の公民館活動が、新館長のもとでスタートした。

第一関門「地区運動会」

 「引き受けるからには、メリハリをつけてやり抜こう。」井手はそう決めた。
 が、いざフタを開けてみて驚いた。年に一度の地区運動会以外に、ほとんどこれといった活動もされていない。実態がないと言ってもいい状態だった。その運動会についても、何の引継ぎも受けてはいない。
 会場はどうやって借りるのか。参加者はどうやって募るのか。どんな競技があるのか。物品の借り入れは、景品は……。
 なにからなにまで手探りの状態だ。

 前年の資料をバラバラに切り離し、項目を並べ替えて台紙に貼る。井手は独自のやり方で運動会という行事の姿を徐々につかんでいった。
 地区を100区画ほどに分けた隣組の組長を対象に、実施に向けての説明会を開くが反応は鈍い。
 「うちの地区は年寄りばかりだから、なんの競技にも参加はできません。」「こどもは習い事があるから、運動会には出られません。」「中学生は部活があるから……」
 できない理由がゴロゴロ出てくる。
 転勤族が多い土地柄。また先祖代々この地に根を下ろしている『地の者』。若年層と高齢者。住民の中の温度差は、運動会の実施すら難しく感じさせた。
 「もうやめたらどうですか。」そういう声も上がり始めた。しかし、井手にはひとつの思いがあった。
 「公民館は、人と人との触れ合う機会を提供する場を創るのが使命だ。」
 そのために、自分は館長となったのだ。その自負心がくじけることはなかった。

 100人以上の隣組長に電話で一軒一軒、運動会実行委員会の会議に参加するよう声をかける。中には不快な感情をあからさまにする相手もいた。
 今でこそ退職したものの、現役時代は部下に命令していた身。それが受話器を手に、自分よりはるかに若い相手に頭を下げる。

 困難な状況に一歩も引かない。井手のその姿勢に、館長辞任という尋常ではない事態を経ていささか距離をおいていた他の役員たちも、次第に井手と共に動き始めた。
 自宅マンションの管理組合の理事長でもあった井手は、そのつてで知り合った人々にも助けを求めた。井手の人柄を知る人々は、少々の面倒でも快く手伝ってくれた。

 定年前は、全国大手運送会社の本部に勤務し、多くの部下に指示・命令を下して仕事をしていた井手。上司の言うことを聞かなければ、降格、左遷、極端な場合はクビだという常識で生きてきた。井手の言葉が鶴の一声という場合もあったに違いない。

 「いや、給料をもらう人間を動かすには指示を出せばいいが、そうじゃない人に動いてもらうには、ほんとうに頭を低くしてお願いしなきゃならんのだな。この年になって勉強させてもらってるよ。」
井手のそのころの実感こもった言葉である。

 運動会当日は天候にも恵まれ、心配した参加者も用意した景品が足りなくなる程の盛況ぶりだった。館長としての最初の仕事は成功に終わった。(つづく)


燻し銀 地域に根ざして生きる vol.2

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