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市民バンクの挑戦 ~日本のマイクロファイナンス~

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三沢健直 松本市
day
2004-05-01
 

市民バンク=日本型マイクロファイナンスの形

 市民バンクは、1989年、日本で初めて社会性のある起業家を専門に支援する金融機構として誕生した。同時に市民バンクは、実績のない起業家の立ち上げ資金を無担保・低利率で融資するマイクロファイナンス機構でもある。

 設立後15年が経過し、その意義はまったく失われていないどころか、アメリカンスタンダードに追従する政府の金融政策のなかで、今日ますますその重要性は高まっている。本稿では、市民バンクの仕組みと歴史、さらに今後の可能性について概観する。

 当時の金融機関は、事業の実績のない起業家への融資は行わず、その上、女性への融資審査は厳しかった。社会的起業家という発想は当時の日本にはまだ存在しなかった。したがって、社会性のある事業を構想していた人々、とりわけ生活に密着したビジネスを構想していた女性たちに、融資の道は狭かった。大手金融機関のこの姿勢は現在もあまり変わらない。

 1985年に、新しい価値観に基づく社会についての情報を発信する通信社として(株)プレス・オールターナティブ(PA)を設立し、フェアトレード事業・第3世界ショップを日本で最初に開始していた片岡勝は、ドイツで社会起業家を対象に融資を行っていたエコバンクのような仕組みを日本にも作るべきだと考えていた。片岡氏は、地域に密着した金融機関を目指していた永代信用組合に対して、社会的起業家向けの金融機構の設立を提案し、担保や事業実績がなくても融資する市民バンクを誕生させた。

 市民バンクは、融資希望者から担保を取らない代わりに『夢作文』を審査して融資を判断する。さらに審査を減点方式ではなく、加算方式で行う。当時永代信用組合に勤務していた猪山嘉則さんは「金融機関からすれば画期的なアイディアだった」と言う。

 市民バンクは2003年までに合わせて117件、総額6億円近い融資が行われ、無担保にもかかわらず焦げ付きは一件もない。返済期限は5年程度が平均的だが、繰上げ返済する人も多いという。このことは、社会に必要とされる事業は、たとえ事業の実績がなくとも通常のビジネスより成功する可能性の高いことを示している。1996年には東京都信用組合によって東京市民バンクが設立され、最盛期には東京の32信組、大阪、山形、伊丹の金融機関とタイアップして事業が行われた。

 各金融機関とPAが融資希望者への窓口になっており、各窓口に申し込まれた夢作文や事業計画を判断した上で都信協、金融機関、PAから構成される評議会事務局に持ち寄る。設立当初の事務局では、PA側が持ち込んだ案件をめぐり、金融機関側と「こんなものは事業ではない」というような激論を交わしたこともあったという。

 事務局の予備審査を経て融資を最終決定する市民バンク評議会は、当初、篠原一(東京大学名誉教授)、栗野鳳(日本ユネスコ協会連盟理事長)、竹中一雄(国民経済研究協会理事長)、山本コータロー(歌手)、片岡勝らで構成された。(肩書きは当時)

 融資利率は融資実行日の長期プライムレート(平成16年2月現在 1.6%)であり、金融機関にとって利益は小さい。金融機関の目的は、利益よりも地域に密着した金融機関としての責任を果たすことであった。またPA側は融資自体からは利益を得ていない。その代りに、起業セミナー、事業相談、記帳サービスなど起業に付随するサービスによって利益を得ている。

 市民バンクの初期の融資案件である「健康手作りの会」は、当時、寝たきりや1人暮らしの老人に対する給食サービスを行っていた。助成金によって調理器具などを調達することはできたが、調理設備の建設は助成対象外になっていた。持続的に経営可能にするために、江東区役所や国民金融公庫などを廻ったが、ことごとく断られていた。ちょうど当時設立されたばかりの市民バンクが同会に融資することにより事業が軌道に乗り、現在も一日100食以上の老人給食を届けている。この会の特徴は、単に給食を届けるだけでなく、地域の一人暮らしの老人の様子を、毎日配達するメンバーが常に把握してサポートを行ったり、地域の働く女性の児童を預かったりするなど、コミュニティの運営を、ビジネスを通して行っている点である。

市民バンクの現在

 このように、1996年以降、全国に広がりつつあった市民バンクだが、2001年の自己資本比率規制の導入によってその順調な発展に水を差されることとなった。金融庁は債務者区分を、正常、要注意先、破綻懸念、実質破綻先、破綻先に分類していたが、無担保による融資は保全がないと判断され、破綻懸念先に分類されてしまう。したがってマイクロファイナンスを行おうとする金融機関は引当金を積み増しする必要があり、多くの金融機関がマイクロファイナンスから撤退することとなった。現在東京市民バンクに参加している信組は、江東信用組合と青和信用組合の二信組のみである。現在も相変わらず市民バンクへの要望は多いが、信用組合の業務エリアは限定されているため、その要望に応えることができないことも多い。

 しかし同じ2001年には、山口県の西京銀行とタイアップして『しあわせ市民バンク』が設立されるなど、新たな広がりを見せてもいる。2003年に金融審議会はリレーションシップ・バンキングの強化を示しているが、これは融資希望者自身を見て融資を判断し、融資実行後も継続してアドバイスを与えるなどして関係を持ち続ける市民バンクの手法に一致している。このことから、再び市民バンク手法を再評価する動きも顕在化し始めている。

 創立者の片岡勝は現在、地域の市民が社会的起業家に直接出資する直接金融へと方向をシフトしつつある。この新しい挑戦に関しては稿を改めて論じることにする。

 市民バンク事務局の河村恭至さんは、市民バンクの成果について次のように言う。「お金以外の価値を認める人はいない、と言われたけれど、その先入観を実績で覆すことができた。時代に先駆けて、この時代に必要な金融機関のモデルを示すことができたと思う。」

 2004年現在、各地で市民バンクに類似した試みが始められようとしている。新しい価値観に基づく(オルタナティブな)方法を、自らの実践によって示した(株)プレス・オールターナティブは、確実にその先駆を果たしていると言えるだろう。


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