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2013-12-21 (土)

その後の経緯について

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常)

新しいメディアを目指して約10年間活動するなかで、ずっと悩み続けて来たのは漠然とした「現場感のなさ」でした。取材させていただいた様々な実践者から私への反応にも、時として「所詮、他人のフンドシて相撲を取る人」という批判の目を感じることもありました。その都度、自分が実現しようとしている新しいメディアの必要性や、社会を変えるための有効性を再検討し、自らを鼓舞することの繰り返しでした。しかし、レアリゼのリニューアルという機会に、改めて「新しいメディア」の仕組みを考える中で、「現場と繋がるメディア」と言う問いが、どうしても避けて通れない問いとして浮かび上がりました。

私が介護という分野を選んだのは、父の診療所を手伝う中で医療・介護が身近になり、現に困っている人に対面する機会を得た事や、業界の情報について詳しく知りうる立場にあったことがアドバンテージになることが見えたからです。介護については素人でしたし、自分に向いた仕事とは全然思えませんでしたが、分野は何であれ、とにかく「自分自身の現場」を持ちたかったのです。

高齢者向けの小規模デイサービスの事業を初めて1年経ちました。事業は基本的に順調で、新たな展開を考えているところです。しかし、以前考えていた「新しいメディアの仕組み」では現場に繋がれない、ということも見えてきました。同時に「何故繋がれないのか」、という点も見えてきた気がします。

新しいメディアについて、引き続き考えて行きたいと思います。

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投稿者:三沢健直  Comments: 0 Trackbacks: 0

2012-05-08 (火)

海外だけど、311を考えたい。映画『ATOMKA』制作中!

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常) | 動画

2012.3.11

映画『ATOMKA』特報
vimeoリンク

こんにちは。東欧スロバキア在住のLenaです。
実は現在、スロバキアで原発についての映画を撮っています。

東日本大震災の時、 私は日本にいませんでした。
日本への電話はつながらず、ネットを通して色々な情報の断片が入ってくるものの、全体が見えない。
原発については、TVからtwitterまで、出ている情報が全く違って、何を信じて良いのかわからない。

福島県、そして日本はこの先どうなっていくのか。
何が起きているのか、何が本当なのかわからない不安。
放射能に対する不安、家族を心配する気持ち。
チェルノブイリのような影響が、どうか出ないようにと願う気持ち。

被災者の方々の心労や哀しさ、苦労は計り知れないものだと思います。
でも、この不安自体は、程度の差こそあれ多くの日本人が感じていることだったのではないでしょうか。

個人的には、一年以上経った今でも、その不安は消えていません。
誰が正しかったかわかるのは、恐らく10年は先。

なので、映画を撮ることにしました。
一年経った”今”の記録を撮ること。
カメラを持って、原発って何?というところから出発。
色々な人に話を聞きにいきました。
仮設住宅で生活している人から、ヨーロッパの原発ストレステストに関わっている人まで、
随分沢山の人に会いました。

原発=ATOMKA(スロバキア語)について、避難について。
福島でおきたこと、チェルノブイリでおきたこと。
食べ物について、 放射能について。

今、映画は編集の段階に入り、夏にはなんらかの形で公開できる形になりそうです。

ポスター

映画『ATOMKA』
twitter (日本語)@docATOMKA
URL(英語)http://www.lenahashimoto.com/genpatsu
FB(英語)http://www.facebook.com/GenpatsuDocumentary
マイクロパトロンプラットフォーム(日本語)http://camp-fire.jp/projects/view/193

投稿者:Lena Hashimoto  Comments: 0 Trackbacks: 0

2012-05-02 (水)

小さな動き。

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常)

「予感」

『予感』
バス停の傍、工場へと続く2本のパイプの間の、
狭い空間に、ひっそりと、でもしっかりと根を張る小さな木。

なんとなく、原発や色々な問題で揺れる日本と、
小さな希望のようなものを連想してシャッターをぽち。

ここのところ、日本でもスロバキアでも、
一般の人たちの意識が少しずつ変わってきているような気がします。
このままで良いのか?
これは真実?
ちょっと違うんじゃないか?
どうにかしないと、まずいんじゃないか?
ドキュメンタリー映画監督の森さんだったと思います。
彼の言葉。
『何か変だと思ったら変だと声に出すこと。
もしそれができないのなら、皆が手を挙げても自分は挙げないこと。
もしそれもできないのなら、小声でぶつぶつ言うこと。
もしそれもできないのら、黙って首をかしげること。』
以前は一部の人たちが首をかしげていただけだったのが、
すこしずつ全体がざわざわとしてきたような・・・。
そんな雰囲気を感じています。

投稿者:Lena Hashimoto  Comments: 0 Trackbacks: 0

2011-11-20 (日)

黄土高原のなつめが実る村を訪ねて

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常) | 書評

koudo12
  
内モンゴルから南側の、黄河が大きく蛇行する広大な流域は黄土高原と呼ばれ、その面積は日本全体に匹敵する。粘土質の高原を無数の河川が浸食し、聳え立つ台地と深い渓谷とが延々と繰り返される地形を形成している。
  
見晴らしの良い高台の山頂に立って周囲を見渡すと、谷の向こうにそびえる高台の向こうに高台があり、そのさらに向こうに高台が連なっている。見渡す限り360度が高台と渓谷で形成され、そのすべての台地が、視界の及ぶ限り、段々畑で埋め尽くされている。事前に話は聞いていたが、そこに立つまでは想像することのできない光景だった。
  
1000年を超えて営々と積み重ねられた人間の巨大な足跡の前に立って、しばし自分の小さな人生の選択について思いを馳せずには居られなかった。
  
山西省の黄河近く、黄土高原に住む人々が作る横穴式住居(ヤオトン)に暮らす大野さんを訪ねたのは、この11月はじめだった。初めて高度高原の村を歩き、ヤオトンの宿に泊まった。ヤオトンは聞いていたほど寒くはなかった。といっても11月初め頃は、まだ寒さが厳しくなかったが、今頃は、夜はマイナスになるので、厳しくなるのはこれからの季節だろう。
  
koudo21
  
koudo3
  
「記憶にであう」の著者である大野さんは、かつてこの地で行われた日本軍による燼滅作戦(いわゆる三光作戦)の被害者を訪ねて、「最後の」聞き取りを行っている。「最後の」、というのは当時のことを記憶する老人たちが、いま次々に亡くなりつつあるからだ。大野さんによる聞き取りが、おそらく三光作戦の最後の聞き取りになるのだろう。
  
旅人に過ぎない私たちは、「記憶」に出会ったとは言えない。273人の住民たちの逃げ込んだ大きなヤオトンを日本軍が煙でいぶして皆殺しした場所で、私は黙祷をささげた。それ以外は、親切で柔和な住民たちと出会い、広大な段々畑の光景の中にたたずみ、古い伝統がそのまま残されたヤオトンの美しい村を歩き見て、行く先々で頂くナツメを齧っていたに過ぎない。
  
読みかけだった「記憶にであう」は、帰国してから一気に読んだ。この本には、大野さんが中国の親切な老人たちと供に過ごす現在の時間と、彼らが証言する日本軍の残虐行為の行われた時間とか、交互に現れるように編集されている。この本の中の大野さんを通して、この地で多層的に重なり合う時間を垣間見ることができた。この本を読んだ後では、私の黄土高原の記憶も多層化して存在している。
  
大野さんの暮らすヤオトンの村は、炭鉱が家々の下まで伸びてきたために崩壊の危機に瀕している。近い将来には村のヤオトンはみな崩れ、段々畑は放棄され、本物の荒野が広がる地になってしまうかもしれない。一方で、ヤオトンの宿がいくつか集まる村は、将来は観光地として世界の人々を惹きつける可能性も感じられた。
  
kioku1

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投稿者:三沢健直  Comments: 0 Trackbacks: 0

2011-10-30 (日)

学生団体ALPOのパームオイル・イベントに行ってきました。

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常) | 劇評 | 動画

alpo
  
この夏に10日間、マレーシアとインドネシアを訪問し、現地のプランテーション企業や、小規模農民の話を聞いてきた学生団体ALPOの現地報告イベントに行って見ました。
  
深刻になりがちなテーマですが、最近の学生らしく、楽しい雰囲気のイベントでした。いくつか感じたことをメモしておきます。
  
環境に関する問題意識は、社会的に広く共有されつつある、と思っていたけど、学生たちと話すと、そもそも森林破壊の何が問題なのか、なぜ環境を守らなければいけないのか、その根拠となる知識やシンパシーは、実は思っていたほど共有されていないのではないか、という気がしました。
  
参加した学生たちを見ていると、環境を守る必要について頭で理解する一方、豊かになったと喜ぶ農民たちの気持ちに対しては、感情で理解している、という感じ。
  
パームオイル生産には色々問題はあるようだけど、これで豊かになっている農民もいるのだし、「推進やむなし」、のような雰囲気が強かった気がする。
  
実は、これは今回の報告内容を正確に反映している気がしました。事前に酷い労働条件と聞いていた出稼ぎ労働者たちが、意外に希望を持って暮らしていることや、パームオイルによって豊かになった村や小規模農民を訪問したことなどの驚きが、全面に出た報告だったと思う。「聞いてたほど酷くないじゃん!」という。もちろん私の個人的印象です。
  
これは、今回の訪問では、パームオイルの問題点に関しては、あまり見る機会がなかった、ということなのか、パームオイルの問題は思ったほど重大ではない、あるいは解決しつつある、ということなのか、ここの考え方が難しい。
  
パームオイルのネガティブな面として、グリーンピースのネスレ批判の動画を流したりもしたのだけど、その時間は「ネガティブ・キャンペーンという手法を相対的に捉える」、という課題になってしまっていて、「パームオイルの問題点を感じる」という課題になっていなかった。
  
一つ考えたのは、私自身の「問題不感症」のような感覚の問題。パームオイルの問題について、私に平均以上の知識があるので、この程度の問題報告では知覚されないのかもしれない。学生たちは問題意識を持ったのかも。うーん。これは違いそうだ。やはり話した学生たちは、あまり問題意識を持ったように見えなかった。
  
もう一つ、取材バイアスというのもある。今回のツアーは、エコツアー会社がコーディネートしているとのことなので、取材先の取捨選択にバイアスがある可能性はある。けれど、このバイアスは、どんな取材でもありうることなので、「より問題報告の多い取材にバイアスがない」、などとは当然言えない。
  
「問題報告だけを好んで見て、企業批判だけする」、という態度に自分が陥っていないか、常に検証する必要もある。
  
ただ、「こういう取材にはこういうバイアス」ということに関する知識は、現地報告が多数行われれば、行うほうも参加者も経験知を得ることができるのでしょうね。だから、どのような団体が旅行をコーディネートしたか、という情報は、現地報告ではかなり重要な情報だということになりそうです。
  
というようなことを考えながら帰宅したわけですが、肯定面と否定面の間で、どう考えるか、というのがパームオイルの問題について考える時の難しさだということは、以前からALPOの皆さんとは話しをしてきたことで、「今回参加する学生たちに伝わるのは、こうだ」、と彼らなりに議論を重ねて企画を立てたであろうことは、よく伝わって来ました。
  
いずれにせよ、現地の農民のインタビューなどは貴重な情報なので、ぜひYou Tubeなどで広くシェアしてもらえると有難いです。

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投稿者:三沢健直  Comments: 0 Trackbacks: 0

2011-10-06 (木)

パームオイル・フリーの食パン発見!

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常)

松本市のアルピコ系のスーパー「デリシア」にて、加工油脂・植物油脂を使っていない「フランス食パン」を発見しました。
  
植物油脂を使っていないので、パームオイル・フリーです!なんだ、やればできるじゃないか。他のスーパーでもよろしく!
  
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投稿者:三沢健直  Comments: 0 Trackbacks: 0

2011-09-20 (火)

PARC(アジア太平洋資料センター)の自由学校で講師を務めました。

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常)

すでに先月になりましたが、PARC(アジア太平洋資料センター)の自由学校にて「調査入門 ブラック企業WATCH!―調べて、モノ申し、現実を変えよう」の講師を務めさせて頂きました。内容は、2008年頃に実施していた、パームオイル・リサーチの活動についてです。
  
パームオイルに関するリサーチは、「ブラック企業ウォッチ」の主旨とは異なり、パームオイルの問題と現状について、市民にできることがあるか調べてみることが主旨でした。
  
他の講師と比較すれば、リサーチとしてのレベルは高くなかったと思いますが、「市民として何ができるのか」という意味では、受講生の方にも、一応何かのヒントを与えることができた気がして、改めて自分たちの活動の意義を再確認できました。

投稿者:三沢健直  Comments: 0 Trackbacks: 0

2011-09-01 (木)

福島市でのセミナーで講師をしました

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常)

 福島で行われた、信濃むつみ高校と京都精華大学の合同ゼミに参加して、講師&パネルディスカッションをやってきました。脱原発ポスター展の経緯について説明したのですが、講師は初体験で、良い経験でした。
  
rimg2040
  
 セミナーでは、飯舘村から避難している農家の方、8歳の女の子を持つお母さんからお話をお聞きしました。娘さんが被爆してしまったかもしれない、と思うお母さんの言葉に、生徒たちは静まり返っていました。
  
 パネルディスカッションでは、重度の身体障害を持ちながら施設を出て、自宅で世界から来るボランティアと暮らす橋本さんのお話をお聞きしました。
 「親が残してくれた家を守りたい。それだけなのです」という橋本さんの言葉を聴きながら、飯舘村の庄司さんが涙を拭う様子が、非常に印象的で、彼らの置かれた社会的状況が非常に似ていると感じました。
  
 私は原発を廃止すべきと考えていますが、脱原発が実現できたとしても、私たちは放射能と共に行き続けなければならない。そのことを、改めて噛締めた3日間でした。
  
 それにしても高校生を連れて飯舘村境まで行って線量計を生徒に見せるというのは、先生方も凄い度胸ではあります。

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投稿者:三沢健直  Comments: 0 Trackbacks: 0

2011-05-03 (火)

清志郎が戦っていたもの

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常)


  
FM東京がこの歌を放送禁止にして、名曲「FM東京=腐ったラジオ」が誕生したわけだ。当時学生だった僕らは、毎週夜になるとギターを持って「FM東京=腐ったラジオ」を歌いに出かけた。中野のアーケードで歌っていて110番通報されて警察に追い立てられたこともあった。おまわりさんは優しかったけど。
  
あれも結局、東京電力の圧力(あるいはFM東京の自主規制)だったわけだ。同じく反原発を歌ったタイマーズのCDが東芝EMIから発売中止になったのも、そういう圧力なんだろう。
  
ようやく、清志郎が何と戦っていたのか、人々にも分るようになったというわけか。

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投稿者:三沢健直  Comments: 1 Trackbacks: 0

2011-04-14 (木)

高円寺・脱原発デモをUstで見た

カテゴリー:メンバー日記(世界の日常)

 4月10日の高円寺・脱原発デモは、残念ながら松本にいたためにUstreamで見ましたが、凄かったですね。主催者発表が15000人で警察発表が2000人という、なんだか懐かしい数字合戦になっていますが、Ustで見た高円寺駅前の解散風景は、プロ野球が終って駅に向う人々のボリューム感とよく似ており、5000人~10000人程度はいそうな感じでした。
  
◎You Tube
 http://ow.ly/4A0Yv
  
 これだけ大規模のデモが、大きな労組や政治団体等の組織的な動員なしに成立したのは、日本ではかなり久々ではないでしょうか?調べたわけではないのですが、もしかすると学生運動の初期以来かもしれません。
  
 日本では、70年代の学生運動の暴力的なイメージが強かったためか、欧米と異なり、デモに参加することは、あまり一般的な行為ではありませんでした。
  
 しかし、ようやく日本の若者たちは、その長年の呪縛から開放されたのかもしれないと、動画を見ながら思いました。思い思いのコスチュームを作って、気楽に歩く人々の姿は、欧米のデモの雰囲気に似ています。この動画をみて、「60年代の学生運動が今、完全に終ったんだな」、という感慨に耽ったのでした。
  
 僕らの世代は、デモに参加しようものなら、すぐに「あいつは過激派だ」とか、「中核派に影響されている」などとレッテルを貼られたものでした。これからの若者は、そんなイメージから完全に自由に、一人一人が自分なりのスタイルで、デモを創り参加していくことができるのかもしれません。
  
 それにしても、50年もかけて。(三沢)

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投稿者:三沢健直  Comments: 0 Trackbacks: 0

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